とらほー速報

プロ野球・主に阪神タイガースがメインです。 オープン2ちゃんねるやツイッターやニュースサイトよりまとめてます

    元阪神

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    米データサイト「ファングラフス」は5日、昨季阪神でプレーし、オフにパドレスと契約したピアース・ジョンソン投手(28)のインタビュー記事を掲載した。

    昨季40ホールドを挙げた右腕は、日本でのプレーについて「素晴らしい時間だった。チームメートのことも大好きだったよ」とコメント。来日前にはメッセンジャーから生活面の助言も受けたと振り返った。退団については「残留する寸前で(パドレスから)オファーをもらい、この機会を逃してはいけないと思ったんだ」と明かした。




    前阪神ジョンソン、米サイトで退団理由など明かす  https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/202004060000539.html?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nikkansports_ogp  日本での選手生活が嫌になったのではなく、メジャー復帰が叶う選択をしたということ。 #阪神タイガース


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    今季から2年ぶりにメジャー(パドレス)に復帰した前阪神のジョンソン
     昨季まで阪神に在籍しリリーフエースとして活躍したピアース・ジョンソン投手。今季から再びメジャーに復帰し新天地となるパドレスでも中継ぎ陣の一角として期待されている。そんな中、ジョンソンは米メディアのインタビューで日本への感謝を口にしている。

     米大手データサイト「Fangraphs」は日本で成功を収めメジャー復帰を果たしたジョンソンのインタビュー記事を掲載。来日1年目の昨季は58試合に登板し2勝3敗、防御率1.38の成績を残し阪神の中継ぎエースとして活躍すると、同年オフには2年総額500万ドル(約5億4700万円)でパドレスへの移籍を決断した。

     記事ではまず、2018年のオフに日本球界入りを決断した理由についてMLBに残っていればマイナー契約だったことを明かし「僕には家族がいるから、思い切って飛び込むことにした。野球をやるために行ったんだ」と、年俸80万ドル(約9000万円)を提示した阪神入りを選択したようだ。

     入団前には阪神のエース右腕ランディー・メッセンジャーから日本球界で“必要”“不必要”なもののアドバイスをもらい投球術など自らを見つめ直したという。圧倒的な成績を残したが、メジャーからのオファーがありわずか1年で退団となったが「日本は気に入っていたよ。素晴らしい時間を過ごしたし、チームメートの皆が大好きだった」と感謝の言葉を口にしている。

     阪神への残留を受け入れる直前だったが、複数のメジャー球団からの誘いがあり「その機会に飛びついたんだ。(メジャーの)複数球団から話があったけど、すぐにパドレスがトップになったよ」とパドレス入りを決断。2年ぶりのメジャー復帰に向け「このチームの才能は素晴らしい。このチームの一員としてプレーすることに最高にワクワクしている」と、意気込みを口にしてる。

    Full-Count編集部




    【MLB】 前阪神・ジョンソン 日本への思い語る  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200406-00743124-fullcount-base  「僕には家族がいるから、思い切って飛び込むことにした。野球をやるために行ったんだ。日本は気に入っていたよ。素晴らしい時間を過ごしたし、チームメートの皆が大好きだった」



    @HT___no1 PJ大好き



    @HT___no1 ファンもPJが大好き


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    愛娘メイシーちゃんの誕生日を祝福、10年前と現在の写真を公開した
     阪神で2010年から6年間プレーし、カブスの競技運営部門補佐を務めているマット・マートン氏が5日(日本時間6日)、自身のツイッターを更新。愛娘メイシーちゃんの10回目の誕生日をお祝いした。

     マートン氏は10年前に日本の病院で撮られたとみられる自身やメイシーちゃんの写真と現在のメイシーちゃんの写真を公開した。日本で生まれた愛娘の誕生日を祝っている。

     ファンからは「お誕生日おめでとう」「日本で産まれた娘ちゃん、お誕生日おめでとう!」「Happy Birthday Macie」「おめでとうございます! 素敵な写真!」と多くのコメントが寄せられた。中には「Happybirthday! お父さんそっくり」とのコメントもあった。

    Full-Count編集部




    Happy 10th Birthday Macie! #Proverbs3:5-6 pic.twitter.com/bp9yeHjVOm



    @mmurton9 お誕生日おめでとう🎂🎉



    @mmurton9 Happybirthday!!!



    @mmurton9 日本で産まれた娘ちゃん、お誕生日おめでとう!


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    虎よ、試練乗り越えんかい!

    阪神川藤幸三OB会長(70)が5日、日刊スポーツの電話取材に応じ、新型コロナウイルスに感染した伊藤隼、藤浪、長坂の3選手と、活動休止となっているチームに猛ゲキを飛ばした。

    川藤OB会長 自分自身の脇が甘かったんだから、何も言い訳はできない。

    まず一喝したのは、この日退院が発表された伊藤隼だ。藤浪や長坂らと罹患のリスクがありながら参加した3月14日の合同食事会など、一連の行動も踏まえて厳しく指摘した。その上で「退院したのだから」と心からの言葉で呼びかけた。

    川藤OB会長 やるべきことはひとつやから。これからどうしなきゃいけないのは、本人が、隼太自身が一番、十分に分かっていること。野球で答えを出すしか方法はないんだから。打席で打つしかないんだから。そりゃ、やってもらうしかない。野球選手なんだから、ほかで答えの出しようがない。

    藤浪と長坂は入院中。まだまだ退院のメドが立っていない2人にも、心からの熱いメッセージを送った。

    川藤OB会長 晋太郎にしても長坂にしても、とにかく1日も早く治して、マウンドに立ったり、打席に立ったりグラウンドで勝負するだけやから。そういう風にしてファンに対するお返しをしないと。それしかない。やれるはず。やれないヤツに、そういう試練は与えないよ。

    チームは活動停止中。最短9日の再開を目指すが、不透明な状況が続く。「タイガースだけじゃなく、他の11球団も同じ」と前置きしつつ、力を込めた。

    川藤OB会長 スポーツもいろんな職業があるけど、日本では、ファンが一番関心が強いのは野球だと思う。それに携わっている選手たちが注目を浴びている限りは、それに応えないといけないわな。

    依然、開幕日は見えず、阪神ナインも調整の難しい日々が続く。だが、チーム一丸で試練を乗り越え、開幕した時にファンに希望と勇気を与えることがプロ野球選手の使命。チームを、後輩を、そして野球界を愛するがゆえ、ブレない川藤節は熱かった。【只松憲】




    阪神伊藤隼太を一喝「野球で答えを」川藤節で猛ゲキ  https://www.nikkansports.com/baseball/news/202004050000502.html  #スマートニュース さすがOB会長❗️


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    1: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/04/05(日) 12:45:44.30 ID:jGzggjfe9
    ヤクルトでは選手と監督、楽天ではヘッドコーチとして野村氏に仕えた橋上秀樹氏

    選手として、ヘッドコーチとして、野村克也氏の薫陶を受け、野球の戦術に磨きをかけてきた。
    巨人、西武でもコーチを務めた橋上秀樹氏は名将から多くの言葉を聞いてきた“参謀”の一人。
    その中でも忘れられない一言がある。「本当は巨人の監督をやってみたい」――。
    想像しただけでも、どんな野球をやっていただろうか……と胸が躍るような気持ちになる。

    現役時代にはヤクルト、阪神で野村氏の下で戦い、07年から09年は楽天のヘッドコーチとして監督に仕えた。
    これまでも著書やインタビューで戦術の裏側や、時には“ぼやき”の真実を明かしてきた橋上氏に改めて名将に寄り添った日々を振り返ってもらった。

    野村氏は“貧乏くじ”という表現をよく使っていた。ヤクルトや阪神、そして楽天と最下位、もしくは、万年Bクラスのチームの再建を託されることが多かった。
    それでもヤクルトを優勝や日本一に導いた。阪神や楽天は後に優勝するなど、その礎を築いた。

    楽天の監督時代だった。橋上氏は冒頭の言葉に驚いた。

    「本当は巨人の監督をやってみたい。戦力が整ったところで1回、監督をやってみたい。そこで満足できるのかどうかを確認してみたいんだ。でも、やっぱり私は貧乏性だから、そういうところでやったら、飽きちゃうのかなぁ……」

    現役時代は距離が近くなかったが、楽天のヘッドコーチ時代は野村氏の本音に触れていた。「私にとってのスーパースターは川上哲治さん」とも言っていたという。
    王貞治、長嶋茂雄は“ひまわり”、自分はひっそりと咲く“月見草”と表した言葉は有名だ。巨人という存在は野村氏にとっては特別だった。

    原監督に戦略的な部分で策を進言も「橋上、ここはジャイアンツなんだ」

    野村氏は着ることがなかった巨人のユニホーム。橋上氏はリーグ優勝を逃した巨人から2011年オフにオファーを受けた。原辰徳監督のもと、常勝軍団でコーチを務めることになった。
    橋上氏と時を同じくして、村田修一、杉内俊哉をFAで獲得するなどチームは選手を補強。2012年に3年ぶりのリーグ優勝と日本一に輝いた。2014年まで3年、在籍したが、その間に巨人はリーグ3連覇を果たした。

    巨人のユニホームの重みを感じた3年間でもあった。整った戦力の中で、負けることが許されない雰囲気を味わい、勝ち方にもこだわりがあることを感じた。橋上氏は野村監督と原監督の下で戦った経験をこのように振り返る。

    「野村さんは極端に言うと、勝つことが最優先。あの手この手を使ってでも勝てばいいんだという考え方。原さんは同じ勝つことが目標ですが『ジャイアンツなんだから、横綱相撲で勝たないといけない』と言っていました」

    巨人時代、戦略的な部分で策を進言したところ「橋上、ここはジャイアンツなんだ」と諭されたことがあったという。

    「言い方が悪いかもしれませんが、私が提示した“姑息なこと”をしてまで、勝ってはいけないという考えを持っておられたのだと思います。
    『ファンを失望させるような勝ち方はしたくない』とも言っていました」

    この常勝軍団の考え方は「野村さんには通用しない」と橋上氏は断言する。しっかりと相手を寄り切るのが原監督ならば、野村監督は勝てない相手には四つで組むな、という考え方だからだという。

    「プロなんだから、勝てばいいんだというのが野村さんの考え。そこをちょっと考えた時、巨人の監督としてどうだったかなと……。
    原さんみたいな考え方が(巨人の監督を)やる人の考えなんだなと思いました。ただ、お2人ともタイプは違えど、歴史に残る名将であることは間違いない。
    そんな2人の名将のもとで仕事ができたことは私にとって大きな財産となっています」


    https://news.livedoor.com/article/detail/18059201/
    2020年4月2日 11時10分 フルカウント

    2: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/04/05(日) 12:46:18.91 ID:jGzggjfe9
    ワンポイント継投に、大胆な先発隠し……野村監督は勝つ手段を選ばなかった

    野村監督は阪神の監督時代、1イニングの中で左腕の遠山奬志投手と右下手投げの葛西稔投手を相手打者の左右に合わせ、投手と一塁手で交互に起用した。それは「遠山・葛西スペシャル」という周囲を驚かせる采配で話題となった。他にも偵察メンバー(出場させる予定のない選手を先発メンバーに入れ、相手投手の左右によって選手を代える作戦)を入れる手段を取るなど、“弱者の兵法”で戦ってきた。

    「野村さんは“姑息”だとは思っていないんでしょうが、あれをやったらジャイアンツファンに受け入れられたかどうかはわからないですよね」

    橋上氏がヘッドコーチ時代でよく覚えているのが、予告先発がなかった時代のセ・パ交流戦の巨人戦でやった“かく乱作戦”だった。

    「先発ピッチャーにわざと、ジャイアンツが球場入りしてくるタイミングでアメリカンノックをさせたんです。普通は試合前にやらないようなことをやりましてね……。ふたを開けてみたら、その投手が先発でした」

    アメリカンノックとは、右翼(左翼)から左翼(右翼)方向にダッシュし、左翼(右翼)に打たれたノックを捕球する練習方法。かなりハードな練習だ。普通ならば、このあと長いイニングの投球を期待する投手にさせる練習ではない。しかし、野村監督は奇襲を仕掛けた。相手の頭の中から、先発の可能性を消し、少しでも困惑させようとしたのだった。

    ノムさんが行った奇襲は挙げ出したらキリがない。

    「あれで負けたら、とんでもないバッシングを浴びていたと思います。弱者がやるにはアリなんですよね。戦力が整ってないという考え方の中で生まれる作戦。あの手、この手を使わないと強いチームには勝っていけないだろうということなのです」

    もう実現することはない“巨人・野村克也監督”。野村監督に長く仕えた橋上氏に聞いた。「どうなっていたと思いますか……」

    「見たかった気持ちもしますけど、あんまり長くはできなかったんじゃないでしょうか。あんまり魅力的なチームにならなかったんじゃないかなと思います」

    橋上氏の言うような結果だったかもしれない。「ひまわり」に対して自らを「月見草」と呼び、「失敗と書いて成長と読む」など弱者の立場になって戦う様は、野球界だけでなく、世の人間の心の支えになったことは間違いない。巨人の監督をやらなかったことは必然だったのかもしれない。それが生き様であり、名将の魅力を増幅させたと言っていい。野村監督の功績が色あせることはない

    引用元: http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1586058344/

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