とらほー速報

プロ野球・主に阪神タイガースがメインです。 オープン2ちゃんねるやツイッターやニュースサイトよりまとめてます

    助っ人外国人

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    キーオが阪神に入団したのは、わたしが2度目の監督に就いた3年目の1987年(昭62)でした。この年は最下位に沈んだ苦しいシーズンになった。85年に21年ぶりのリーグ優勝、日本一になっていたので、まさに「天国」と「地獄」を味わったわけです。

    その「地獄」のような苦境を支えてくれたのがキーオです。開幕前からさまざまな問題が起き、チームは混乱した。わたしは投手力に弱点があることも感じていたので、思い切ってキーオを4月10日ヤクルト戦(甲子園)で開幕投手に抜てきしたのです。

    新外国人が開幕戦に登板するのは球団史上初のようでしたが、そのシーズンは本当に勝ちが計算できる人材が見当たらなかった。スリークオーター気味の右腕で、リズム良く投げ、変化球を多投しながらゴロを打たせるタイプでした。

    その年のチームは、勝率3割3分1厘が示すように、とにかくよく負けました。当時本社から出向してきたばかりで身内の南信男広報(後の球団社長)からも「監督、いつになったら勝つんですか?」といわれるほどで、メディアからも散々たたかれた。

    そんな暗黒のシーズンに、キーオはひたすら投げ続けた。1年目から11勝14敗は立派で、3年続けての2桁勝利は日本に順応したからだと思います。キーオの訃報を伝え聞き、つらかった年に奮闘した面影をしのんでいるところです。心より哀




    キーオ投手が我がタイガースに入団してくれていなかったら・・、散々な記録を更新していたろぅ ありがとうございました。 合掌 . 吉田義男氏、地獄の苦境支えてくれた/キーオ氏悼む(日刊スポーツ)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200503-25030347-nksports-base 



    強い時期に来てたら、もっと勝てただろうなあ… 吉田義男氏、地獄の苦境支えてくれた/キーオ氏悼む - プロ野球 : 日刊スポーツ  https://www.nikkansports.com/baseball/news/202005030000347.html 


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     1980年代後半の阪神投手陣を支え、通算45勝を挙げたマット・キーオ氏が1日(日本時間2日)に死去した、と大リーグ公式サイトが2日(同3日)、伝えた。64歳だった。

     現役時代に同氏と対戦した野球評論家・中畑清氏は2日のテレビ東京系「スポーツウォッチャー」にリモート出演。苦戦した投手として、阪神のマット・キーオ氏の名前を挙げていた。

     番組では「プロ野球最恐魔球」として、日本球界で特異な「変化球」を駆使した投手を特集。中畑氏は「私と原監督が苦労したマット・キーオというピッチャーが投げたナックルカーブ」と振り返った。

     中畑氏は「バッターの顔に向かってくるわけよ。思わず逃げたが、ブレーキが良く、見送ったボールがストライク。こんなバッターは使えませんよということで翌日から、私は先発を外れました。彼のおかげで現役が短くなりました」と笑わせていた。

     キーオ氏は87年から90年まで背番号4をつけて阪神でプレーし、先発の柱として3年連続2桁勝利を挙げるなど、4シーズンで通算45勝44敗、防御率3・73の成績を残した。



    ▼その記事がこちら



    昨日、深夜のスポーツニュースで中畑が「キーオの変化球が打てなくて引退に追い込まれた」って話してたばかりだから驚いた。  https://twitter.com/nhk_news/status/1256847220080439297 



    元阪神のキーオ氏が64歳で死去  https://sports.yahoo.co.jp/contents/6092  昨日、中畑清氏があのカーブは打てなかったと評価してたばかりのに、あまりにも若すぎますね。 ご冥福をお祈りします。



    え、キーオさん亡くなったの? 偶然今日の朝中畑さんのインタビュー記事を見てたらキーオさん出てきてたのになぁ、、 御冥福をお祈りします。


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    メジャー通算58勝、阪神では来日1年目から開幕投手を務めるなど通算45勝をマーク
     アスレチックス、ヤンキース、元阪神のエースとして活躍したマット・キーオ氏が64歳で亡くなったことが分かった。複数の米メディアが伝えておりアスレチックスも声明を発表した。

     米紙「サンフランシスコ・クロニクル」は「アスレチックスの80年代前半の“5人のエース”の1人だったマット・キーオ投手が、南カリフォルニアで金曜日に亡くなった。64歳だった。死因は明らかになっていない」と伝えている。

     また、キーオ氏の訃報を受けアスレチックスも声明を発表。ビリー・ビーン球団編成本部長は「マットは素晴らしい野球人で、オークランド・アスレチックスの誇りでした。彼は試合に素晴らしい情熱で試合に臨みました。我々は彼が在籍していたことをとても幸運に思います。豊富な野球への知識で、スペシャルアシスタントとして、従事してくれました。彼は野球界に忘れられない印象を残しました。ご家族の皆さんにお悔やみ申し上げます」と追悼コメントを発表した。

     キーオ氏はアスレチックス時代の1980年に16勝をマークすると、その後はヤンキース、カージナルス、カブス、アストロズと渡り歩きMLB通算58勝84敗、防御率4.17の成績を残し1987年に阪神に移籍。移籍1年目から開幕投手を務めると11勝を挙げる活躍を見せ、3年連続2桁勝利をマーク。阪神では4年間在籍し通算107試合に登板し45勝44敗、防御率3.73をマークした。




    元阪神エースのマット・キーオ氏が死去、アスレチックスも追悼「誇りでした」  https://news.line.me/articles/oa-fullcount/afc472e61dd8 



    @news_line_me 阪神が苦手な私ですらマット・キーオは好きだった。 本当に力もあったし愛嬌もあった。 64歳。第二の人生はまだまだ長かったろうに。 合掌



    @news_line_me キーオ投手なつかしい ご冥福をお祈りします


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    阪神では通算107試合に登板し45勝44敗、防御率3.73をマーク
     元阪神のエースとして活躍したマット・キーオ氏が64歳で亡くなったことが分かった。米紙「サンフランシスコ・クロニクル」が報じている。

     記事では「アスレチックスの80年代前半の“5人のエース”の1人だったマット・キーオ投手が、南カリフォルニアで金曜日に亡くなった。64歳だった。死因は明らかになっていない」と伝えた。

     キーオ氏はアスレチックス、ヤンキースなどを経て1987年に阪神に入団。移籍1年目から開幕投手を務めると11勝を挙げる活躍を見せ、3年連続2桁勝利をマーク。阪神では4年間在籍し通算107試合に登板し45勝44敗、防御率3.73をマークしていた。




    【元阪神 マット・キーオ氏死去】  https://yahoo.jp/swpRtH  元阪神のエースとして活躍したマット・キーオ氏が64歳で亡くなったことが分かった。アスレチックス、ヤンキースなどを経て1987年に阪神に入団、3年連続2桁勝利をマーク。



    @YahooNewsTopics 64ってまだ若いのに 湯舟とか藪が現れる前の真・阪神暗黒時代のエースが



    @YahooNewsTopics 弱かった阪神を支えた助っ人 ご冥福をお祈りします


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    1: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/05/02(土) 02:13:54.90 ID:QzJWzrpb9
    平成助っ人賛歌【プロ野球死亡遊戯】

    典型的な「ホームランか、三振か」

    1994年(平成6年)の開幕第1号ゴールは、18歳の新人選手だった。

    前年度からの社会的なブームが続く、2シーズン目のサッカーJリーグで開幕弾を決めたのは、ジェフ市原のルーキーFW城彰二である。
    ガンバ大阪戦の前半24分、左サイドからのセンタリングに頭で合わせ得意のヘディングでプロ初ゴールを決め、のちにトレードマークとなる前方宙返りのゴールパフォーマンスも披露。
    “ドーハの悲劇”で日本代表の出場はならなかったが、94年のアメリカワールドカップはリアルタイムでお茶の間に流れ、
    当時の少年たちは漫画『キャプテン翼』を入口に、スーパーファミコンの『スーパーフォーメーションサッカー』や『Jリーグサッカー プライムゴール』といったTVゲームからもサッカーを学んだ。
    いわば日本で野球もサッカーもフラットに楽しめる環境が整った最初の世代である。

    さて、そんな時代の変わり目の94年のプロ野球界では、年俸2億7000万円の大物助っ人大砲が注目を集めていた。阪神の新外国人選手、ロブ・ディアーである。
    190センチ、105キロ、胸囲130センチの巨体から放たれる打球の威力はすさまじく、前年のメジャーホームラン飛距離ランキングでは、なんと408フィート(約124.4メートル)で全体の3位にランクイン。
    デトロイト・タイガース時代には、左翼二階席の屋根を越える超特大アーチを放つなど、世界屈指の飛ばし屋として知られていた。

    8年連続20本塁打を含む通算226ホーマーだが、総安打数は844本。92年は97安打中32本がホームランで、3本に1本は本塁打というナチュラル・ボーン・スラッガーだ。
    同時に確実性は恐ろしく低く、91年の打率.179は当時のメジャー規定打席到達者では史上最低記録。
    通算1379三振を喫しており、来日前年の93年も打率.210、21本塁打に169三振で自身4度目の三振王にもなっている。典型的な「ホームランか、三振か」(意外に四球も多かった)という打者だけに、
    いったいこの33歳の元メジャー・リーガーが日本野球にどう適応するかキャンプから注目された。

    大阪空港内で行われた来日会見の第一声は日本語で「コンニチワ」と明るく登場すると、高知県安芸市営球場の最長不倒距離とも称される160メートル弾をかっ飛ばし、
    ベテラン記者は「あんなデカい当たりは見たことない」と絶句。甲子園での初練習でも87スイング中21発もスタンドに放り込む。
    『週刊ポスト』94年3月18日号によると、報道陣から「三振が多いようですが」と質問が飛ぶと、「帰らせてもらう」なんつって立ち上がりかけるベタなギャグも披露。
    関西マスコミは、このノリのいい大リーガーに好意的で、春のディアーフィーバーが巻き起こる。

    フィルダーの再来を期待も……
    打撃の粗さが解消されることはなかった

    https://news.yahoo.co.jp/articles/69c77d1a38f01dfc6d76e2a06e699d2ba2f5d381
    4/8(水) 11:02配信

    https://www.youtube.com/watch?v=RvddOmjnHoU&t=18s


    2憶7000万円の大型扇風機と揶揄された阪神ディアーの貴重なホームラン映像!

    no title

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    http://npb.jp/bis/players/81283889.html
    成績

    引用元: http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1588353234/

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