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    横田慎太郎

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    阪神の横田慎太郎外野手(23)が10日、チームメートの高山俊外野手(25)、熊谷敬宥内野手(23)とともに大阪府内の病院を慰問した。

    選手たちは、サイン入りユニホームを手渡すなど多くの患者とふれ合った。17年春に患った脳腫瘍からの復活を目指している横田は「今日は逆に力をもらったというか、もう1回頑張らないといけないという思いもあったので。今、苦しんでいる方々がいっぱいいらっしゃっゃたので、次は自分が結果を残して、またここに来たいという思いが強くなりました」と決意新た。脳腫瘍はすでに寛解しており、来季の実戦復帰を目標に、オフもトレーニングを欠かしていない。勇気をもらった1日となった。

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181210-00000132-spnannex-base

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    一歩ずつ復帰へ近づいている。阪神の横田慎太郎外野手(23)は来季の目標へ向けて着々と準備を続けている。 昨年2月のキャンプ中に体調に違和感を覚え、脳腫瘍が発覚。約半年にわたる入院と治療により、症状が消えて安定した状態になる「寛解」と診断され、同9月に球団寮に戻った。今季は試合には出場できなかったが、2軍の本拠地・鳴尾浜での試合にはベンチ入りし、声でチームを盛り立てた。プレーできないもどかしさはあったが、「自分が試合に出ているつもりで見て、試合に出たときのための勉強になった」と無駄にはしなかった。

    鳴尾浜での秋季練習では連日、汗を流した。「できることは増えている。練習はほぼできる」。全体練習にも参加して、キャッチボール、外野ノック、フリー打撃と精力的に動いた。
    秋季練習が終わった後も変わらず自主トレを続けて、来春に備えている。 秋季練習中には掛布オーナー付シニア・エグゼクティブ・アドバイザー(SEA)がフリー打撃を視察。

    2014年の入団以来、GM付育成&打撃コーディネーターや2軍監督として目をかけてもらった恩師だ。今春キャンプ以来の再会に「『焦らずやっていけ』と声をかけてもらいました。お会いできてうれしかった。試合に出ているところを見せたい」と気持ちを高ぶらせた。

    ファンも横田の地道な努力を後押しする。11月23日のファン感謝デーでは、人一倍大きな声援で迎えられた。トークショーでは「最近の楽しいことは?」と質問され、「先輩にいじってもらうことです。北條さんとはいじって、いじられて楽しんでます」と笑顔を見せた。

    野球ができることに加えて、チームメートと過ごす時間も何よりの楽しみだ。 入団時に桧山進次郎氏が22年間つけた背番号24を継承したが、17年オフに育成選手として再出発する際、124番に変更された。

    来季の目標は「1日でも早く試合に出て、背番号24を取り返します」と宣言。病魔を克服して、打席に立つ姿を誰もが待ち望んでいる。(記者コラム・牟禮 聡志)


    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181127-00000126-sph-base

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    阪神横田慎太郎外野手(23)が、室内練習場でのミニ・インタビューのコーナーに登場し、ファンの前で復活を誓った。17年2月の沖縄・宜野座キャンプを頭痛で離脱し、検査を受けて脳腫瘍が判明。同年オフに球団と育成契約を結び、現在は支配下復帰に向けて前進を続けている。

    矢野監督が今年10月の就任会見で、楽しみな選手について聞かれた際に、横田に言及。横田は今年は試合に出られず、2軍戦をベンチで見守る立場だったが「ベンチで一番声を出してやっている姿も見てきました」と監督は語った。横田も「自分が出ていると思って(ベンチから)試合を見て、全部が勉強になりました」と明かした。

    実戦復帰、支配下復帰が次の目標になる。横田はファンに向け「皆さんが温かく見守ってくださっている。必ず恩返しします。1日も早く、背番号24を取り戻します」と約束した。

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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181123-00400827-nksports-base 





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    阪神の横田慎太郎外野手が15日、兵庫県西宮市内の球団事務所で契約更改し、600万円(推定)で来季の育成選手契約を結んだ。

    脳腫瘍からの復帰1年目を振り返り、「今年は試合にも出ていなかったので、すごく悔しかったが、鳴尾浜で試合のときはベンチにも入らせてもらって、コーチの方と話もできた。すごく勉強になる1年でした。(来年は)1日でも早く試合に出ること。それと1日でも早く、24番を取り返すことが最初の目標。それに向かってやっていきたい」と語った。 

    横田は17年春季キャンプ中に頭痛の症状を訴えて離脱し、検査の結果「脳腫瘍」と診断され、半年間に渡る闘病生活を送った。8月下旬に症状が消えて安定した状態に入る「寛解」となり、9月3日に合宿所「虎風荘」へ帰寮。オフ期間もリハビリに励み、今季は目標に設定した2軍キャンプに参加。屋外打撃も再開し、ウエスタン・リーグ開幕後は、試合前のシートノックで外野守備に就き、試合中もベンチ入りして戦況を見守った。

    現在は背番号124だが、球団は元々の背番号24を空けて、完全復活する日を待っている。


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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181115-00000147-spnannex-base

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    脳腫瘍から再起を期す阪神横田慎太郎外野手(23)が、復活へかける思いを明かした。現在は育成選手で背番号は124。鳴尾浜でリハビリの日々を送っている。16年の金本監督体制1年目で「2番中堅」として開幕スタメンを勝ち取った若虎。14年の入団当初から見守る平田勝男2軍監督(59)も横田の復活を願った。

    かつて甲子園の大観衆の視線を一身に浴びた男が、その舞台へ戻るべく鳴尾浜で必死に汗を流し続けている。別メニューで打撃練習、守備練習、ウエートトレーニングを行っている横田が、今季を振り返った。

    「今年は全く試合に出られず、すごく悔しかった。だけどいろんな練習にも参加させてもらって、いろいろ経験させてもらって、すごくうれしかったです」

    今季は鳴尾浜で行われた2軍戦をベンチから見守った。守備につく外野手とのキャッチボール相手役を務め、ベンチでは人一倍声を出し仲間を鼓舞し続けた。10月18日に行われた監督就任会見で、楽しみな選手を「全員」と話した矢野新監督。加えて、「横田自身も試合には出られないけど、ベンチで一番声を出してやっている姿も見てきました」と話すシーンがあった。横田は「試合中は声しかアピールできなかったので。そう言ってもらえたことはすごくうれしかったです」と感謝した。

    横田の復活を見守る目は他にもある。17年2月の沖縄・宜野座キャンプでの打撃練習を見守っていた平田現2軍監督(当時1軍コーチ)は、横田の異変に気づいたという。「空振りしたり、フライを打ったりしているのを見てて『あれ!?』と思ってさ。1年目から見てたから気づいたというかさ」。当時の首脳陣が病院での検査を促し、脳腫瘍が判明した経緯があった。今季は1軍チーフ兼守備走塁コーチを務め、10月下旬に現職に戻った平田2軍監督は、久しぶりに見る横田の練習する姿に「あいつの野球に対する真面目な姿勢は変わってない」とうなずく。

    11月に入り鳴尾浜での練習後、虎風荘の風呂で平田2軍監督、新井2軍打撃コーチ、横田の3人で日本シリーズでの広島丸の本塁打の話題になったという。平田2軍監督は「『今こういう時にいろんなこと試してみたら』っていう話をしていて、『丸のヘッドが立ってたよね。あいつアウトコースを打つの右打者よりすごいよな』って話をした翌日から早速練習でやってたからさ。野球に飢えてると思うよ」と明かした。

    横田は来季の目標として「1日でも早く試合に出ること、1日でも早く『背番号24』を取り戻したい。そうすることで病気で苦しんでいる方に少しでも力になれるようにやっていきたい」と覚悟を口にした。完全復活、そしてレギュラー再奪取へ歩みを進めている。【古財稜明】

    ◆横田慎太郎(よこた・しんたろう)1995年(平7)6月9日生まれ、鹿児島県出身。父真之さんはロッテなどに在籍した元外野手。鹿児島実から13年ドラフト2位で阪神入団。垂直跳びで球界でも屈指の80センチを記録。3年目の16年3月25日開幕戦中日戦に「2番・中堅」でスタメンに抜てきされ、1軍戦初出場した。187センチ、89キロ。左投げ左打ち。

    ◆横田の闘病 16年には1軍戦38試合に出場した横田だったが、翌年17年2月11日に沖縄・宜野座1軍キャンプを頭痛のため離脱。検査の結果「脳腫瘍」と判明した。入院と加療を行い、順調に回復。同年8月30日には最終検査を行い、担当医からは症状が消えて安定した状態となる「寛解」と診断された。同年オフの11月に育成契約を結び、背番号も「24」から「124」に変更になった。今春の高知・安芸での2軍キャンプにも参加。2月16日には練習復帰後初の屋外ロングティー打撃を行い、17日にはフリー打撃で70スイングで3本の柵越えと、復活へ確かな足跡を刻んだ。4月27日にはシートノックで右翼の守備につくなど、徐々に体を慣らしてきた。


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    日刊スポーツ
    https://www.nikkansports.com/baseball/news/201811090000271.html





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