とらほー速報

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    横田慎太郎

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    阪神は横田慎太郎外野手の引退試合を検討する。会見を見守った谷本副社長兼本部長は「重篤な病気だったんですけど、よくグラウンドに立つまで戻ってきてくれた。そこは感謝しますし、それだけでも褒めてあげたい」とねぎらった。


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    【写真】サプライズで駆けつけた北條と高山から贈られた花束を手に、泣きはらした目の横田

    また、引退試合については「試合に出るために一生懸命、努力してきましたのでその夢はかなえてあげたい」と前向きだった。球団は横田へ引退後のポストも提案している。

    ◆横田慎太郎(よこた・しんたろう)1995年(平7)6月9日生まれ、鹿児島県出身。鹿児島実から13年ドラフト2位で阪神入り。入団直後に垂直跳び80センチという球界屈指の数字を記録し、注目される。3年目の16年3月25日開幕の中日戦に「2番中堅」で先発して1軍戦初出場。実働はこの1シーズン。18年から育成契約となっていた。父真之さんはロッテなどに在籍した元外野手。187センチ、94キロ。左投げ左打ち。




    横田くん、引退試合検討中 よかった ムリはしないで欲しいけど 横田くんが甲子園に立てますように



    阪神谷本副社長「褒めてあげたい」横田引退試合検討(日刊スポーツ)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190922-09221112-nksports-base  横田愛されてるなあ



    ベンチで顔見ると早く試合出ないかと楽しみにしてた、横田はルーキーでもめっちゃ期待してたから残念・・・ #阪神タイガース >阪神・横田、脳腫瘍から復帰も実戦出場かなわず引退 セレモニーも検討(スポニチアネックス)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190922-00000115-spnannex-base 



    阪神・横田、脳腫瘍から復帰も実戦出場かなわず引退 セレモニーも検討(スポニチアネックス) 鳴尾浜の試合で4番でホームラン打ったのが思い出、  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190922-00000115-spnannex-base 



    阪神・横田、脳腫瘍から復帰も実戦出場かなわず引退 セレモニーも検討 - スポニチ Sponichi Annex 野球  https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/09/22/kiji/20190922s00001173091000c.html  生で見たのは脳腫瘍に罹る前のオリックスとのファームの試合だけになってしまったなぁ。復活して試合に出る姿を見たかったけど球団が第二の人生をサポートするのに安心。


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    阪神高山俊外野手が22日、現役引退を発表した横田への思いを言葉にした。

    2歳下の横田とは当時の金本監督のもと、高山のルーキーイヤーだった16年開幕戦で「1番高山、2番横田」のコンビを組んだ。


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    【写真】引退会見を終えた横田慎太郎にサプライズで花束贈呈する、高山俊と北條史也

    「寂しいです。今年も何回かファームに行って横田の練習する姿を見ていましたし、試合中もベンチの前で声を出して、外野のキャッチボールもあいつと結構やったりしていた。いつか一緒に、と思っていたんですけど…。残念ですね」と切り出した。

    引退会見の場では北條とともに花束を渡し、横田から「高山さんの顔を見たら涙が出なくなった」と愛のあるツッコミを受けたという。

    思い出を問われると「僕がいた寮(虎風荘)の2年間はずっと一緒で部屋も近かったので、散々部屋を荒らしに行ったりしました(笑い)。一番横田らしいなと思ったのは、(16年)開幕戦の時にめちゃくちゃ緊張していて、子供に渡すはずのサインボールを試合前の(自分との)キャッチボールの時に投げてきて。これ、オマエのサインボールだぞ、と(笑い)。それが一番横田らしいなと思いますね」と笑顔。

    「僕が経験したことのない経験をしているので、どういう言葉が正しいか分からないけど、まずは『お疲れさま』と。選手じゃない立場になっても仲は変わらないので。プライベートでは今まで通り仲良くしていきたいと思います」と力を込めた。




    髙山くん…😭 阪神高山「寂しい」引退横田へ北條とともに花束渡す - プロ野球 : 日刊スポーツ  https://www.nikkansports.com/m/baseball/news/201909220000602_m.html?mode=all 



    阪神高山「寂しい」引退横田へ北條とともに花束渡す(日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース 高山選手とのこういうエピソードにもいちいち心和んでたなあ #hanshin #tigers #阪神タイガース #横田慎太郎 #ありがとう横田  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190922-09220602-nksports-base 



    横田、引退か…。脳腫瘍なんて、しんどかったやろな…。こんな才能ある若手が病気でいなくなるのは耐えられんわ。これからも元気でいてほしいな! 阪神高山「寂しい」引退横田へ北條とともに花束渡す  https://www.nikkansports.com/baseball/news/201909220000602.html?utm_source=twitter%26utm_medium=social%26utm_campaign=nikkansports_ogp 



    金本阪神の1年目…高山&横田の1、2番にどれだけの虎党が心躍らせたことだろう? わずか数年後にこんな悲しい引退会見があるとは思いもしなかった でもまだ24歳 未来は無限に広がってる 横田クン、お疲れさまでした ただ引退のニュースがまだ消化しきれない… #横田慎太郎



    開幕の高山、横田の打順にワクワクしたのを思い出した。 本当にお疲れ様でした。今、盛り上がってる草野球とかに出てほしいなぁ。一軍の残り試合のどこかで出てほしい。 #阪神 #横田慎太郎 #セリーグ  https://twitter.com/tigersdreamlink/status/1175643273001455621 


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     この日に引退を表明した阪神・横田慎太郎外野手(24)と同じ鹿児島出身の大先輩・福留が、脳腫瘍を患いながら頑張って来た後輩をねぎらった。

     「本人、家族が本当に辛かったと思う。最後まで諦めずに野球をやりたいという気持ちを出していたのを僕も見ていたので、もう1度、グラウンドで横田が暴れる姿を見たいという思いが強かった。でも、本人が決めたこと。これから先の人生の方が長いので、体を大切にしてほしい」

     16年には高山、横田のフレッシュな「1、2番コンビ」と外野を組んだ。若い二人を叱咤激励しながらやって来ただけに、寂しい気持ちはもちろんある。それでも「他の人が経験することのない、それぐらいの経験をしてこの場所にいた。そういう強さも持っていると思う」と強調。「どういう道に進もうとも応援することは変わりない。少しでも手助けできることがあれば、何かしらしてあげたい」と今後も温かく見守っていく。




    横田と福留って仲良かったよね お疲れ様でした。



    同郷の先輩のこのメッセージ、横田くんにとっては心強いと思います! 阪神・福留「もう1度グラウンドで暴れる姿を見たかった」 横田引退に寂しさも…今後も「応援」(スポニチアネックス)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190922-00000185-spnannex-base 



    横田は、糸井や福留の後継者になれると思ってたし、簡単なことじゃないけど、きっといつか復活して1軍のグラウンドに立ってくれると思ってたから心底悲しい😿


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     ◇セ・リーグ 阪神―DeNA(2019年9月22日 甲子園)

     阪神の望月惇志投手(22)が今日22日に引退を発表した横田の登場曲でマウンドに向かった。

     ゆずの「栄光の架け橋」は脳腫瘍から復活を目指した横田が一軍で舞台を夢見て登場曲にしていたが、2学年上の先輩の想いを背負って快投を目指す。




    横田が引退を決めた日の試合の選手登場の曲が「横田の登場曲(栄光の架橋)」とか泣けるわ… #横田慎太郎 #阪神タイガース https://t.co/MTDY7lL7VT



    望月、横田の登場曲でマウンドへ😂 栄光の架橋 https://t.co/bSTMcrSTtU



    いやこれは泣くって 栄光の架橋 横田の登場曲 https://t.co/OeVQZ9PKEk



    もっちー登場曲変えてた!? 栄光の架橋流れたよね。横田くんの曲とか反則やでー。



    望月 横田の登場曲の栄光の架橋今日限定で使ったんやなあ 泣ける



    望月君今日は横田のために登場曲栄光の架け橋に変える粋な計らい


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     阪神の横田慎太郎外野手(24)が22日、今季限りでの現役引退を表明し、兵庫県西宮市内で引退会見を開いた。抜群の身体能力を誇り、走攻守3拍子揃った大型外野手として将来を嘱望されていたが、17年2月の沖縄春季キャンプ中に脳腫瘍が判明。過酷な闘病生活を経て、18年は育成選手として再出発したが、実戦復帰もかなわず、自らの意思で大きな決断を下した。

     以下は会見での一問一答。

     私横田晋太郎は今シーズンをもちましてユニフォームを脱ぐことを決めました。

     ――会見に臨んだ今の心境

     「自分で決めた決断なので、全く後悔はありません」

     ――引退はいつごろどういった経緯で決断したか

     「やっぱり一番に目の問題が大きいです。自分で打った打球も全く見えず、ピッチャーに投げてもらった球も二重に見えたり、守備の際にもボールが二重で飛んできたり。目のほうがぼやけるということが多かったので来シーズンこれを続けてもちょっと厳しいかなと思い決断しました」

     ――ここに至るまでリハビリを始めて、実戦復帰を目指してきた。自身の中で葛藤は

     「この一年半とても苦しかったですけど、自分が野球をやりたいと思ってした決断なので全く悔いはありません」

     ――監督やチームメイトに相談は

     「自分で決めました」

     ――家族には

     「両親のほうも相談は少ししましたけど、基本は自分の意志が強かったので自分で決めました」

     ――決断に父親は

     「自分で決めた考えなので何も言わず、今までお疲れさんと言ってくれました」

     ――脳腫瘍と診断をされた当時の思い

     「脳腫瘍と言われた瞬間は本当に頭が真っ白になって今後野球ができるか不安になりましたけど、これまでたくさんの方に支えられてここまでこれたので、本当にみなさんには心の底から感謝の気持ちしかありません」

     ――復帰への思いを支えたものは

     「やっぱり毎日練習やっていたらファンの方がたくさん来られていて、試合にも出ていないのにもかかわらずたくさんの方々が僕を応援してくれて。すごい大きかったです」

     ――鳴尾浜でファンにかけられた言葉で印象に残っている言葉は

     「やっぱり1日でも早く試合に出て(背番号)24番を取り返してくださいと言われた瞬間。自分もその気持ちでやっていました」

     ――6年前に桧山の24番を引き継いだ。番号への思いは

     「桧山さんという素晴らしい選手の番号でもありますので最初はすごく僕で良いのかなと思いましたけど、こうやって124番になってもう一回取り返したいという気持ちで今までやってきましたので…すごく残念ですね」

     ――今季病から復活を遂げた原口の存在は横田にとって

     「原口さんが病気から帰ってきた際にも一緒に活躍してお立ち台にいこうという話もありましたし、今でも活躍されているので本当に素晴らしい先輩だと思っています」

     ――お互いに交わした言葉の中で印象に残っている言葉

     「たくさんありますが、やっぱり原口さんに言われたのが、何をするにしても前を向いてやっていこうという言葉が印象にありますね」

     ――今プロ野球人生6年間を振り返って一番思い出に残っていることは

     「開幕スタメンで試合に出れたのもそうですけど、悔いなくこの2年半。すごく自分の中でもがいて苦しんで色んなこと思って野球できたこの2年半は良い思い出です」

     ――2016年の京セラでの開幕戦はそれだけ強い印象が残っているか

     「ものすごく緊張しましたし、足が震えるほど緊張していたのですごく今でも印象に残っています」

     ――プロ初盗塁をきめた

     「足が震えたりはしたんですけど、セーフになって安心しました」

     ――次の日は

     「覚えています。初ヒットだったのですごく嬉しかったです」

     ――1軍では109打席。一番印象に残っている打席は

     「巨人の菅野投手の球は本当にすごいボールだなというのを今でも覚えています」

     ――今後のビジョンは

     「球団の方からも話をもらっていますけど、しっかりもう一回両親と考えてからにしたいと思っています」

     ――横田晋太郎にとって野球とは

     「小さい頃から野球しかしてこず、最後こうやって病気になってユニフォームは脱ぎますが、最後にプロ野球という舞台で野球ができて、しかも阪神タイガースという素晴らしい球団で野球をやらせてもらって本当に感謝の言葉しかありません」

     ――ファンへ一言

     「ファンの方には入院中からたくさんの千羽鶴や手紙が届いて、もう一回グラウンドにユニフォームを着て戻れたのはファンのみなさんのおかげなので。ファンの方へは感謝の気持ちしかありません」

     (以下記者囲み)

     ――難しい決断だったと思うが、今の気持ちは

     「ちょっと今年は自分の中で苦しかったので。これがもし来年も続くのであればちょっと厳しいのかなと思い決断しました」

     ――目のことが一番引退の要因となった

     「一球もボールがきれいに見えなかったので。毎日苦しかったですし、これが来年も一緒だったら…もう本当につらかったので自分で(引退を)お願いしました」

     ――色んなことがあったと思うが野球人生を振り返ってみて

     「本当に最初のほうは自分も(試合に)出さしてもらってすごく嬉しかったですけど、病気してからの野球人生の方が、自分の中ではもがいて苦しんで、いつもなんでボールが見えないんだろうと思いながら練習もしてましたし、この2年半の方が自分の中では印象が強いですね」

     ――闘病を公表してから同じ病気の人に夢を与えることを口にし続けてきた

     「そこは今でも変わってないですし、これからも絶対変わることなく、今苦しんでいる方がたくさんいると思うので。そういう人たちに良い所は見せられなかったでしたが、これから何かしらの形で少しでも良い所を見せられるように、これからの人生頑張っていきたいと思います」

     ――北條、高山から花束をもらった

     「嬉しかったですし、ずっと一番いじってもらったのでそれが一番2人には強いですね」

     ――高山とは2016年1、2番コンビ。特別な思い

     「もちろん特別でもありますし、日常生活でもすごく助けてくれた先輩でもありますんで。北條さんも高山さんも尊い先輩です」

     ――両親への感謝の思い

     「両親には一番(感謝の気持ちが)多くて。僕が治療中髪が全部抜けた際にもお父さんが鹿児島から…(涙を流し)お父さんが髪を丸坊主にしてくれて僕の部屋まで来てくれて。本当にあれを見たとき、両親帰ったときは1人で大泣きして。なんて強い父親だなって思って。お母さんも仕事やめてまでこっちの方に来てくれて。15時間の手術が終わった際にも僕は目のほうが回復せず何も見えなくて、トイレに行くにしてもお母さんの手がないといけない。ご飯を食べるにしても見えないので両親の手がないといけない。本当に毎日何をしてるんだと思いながら自分は入院してましたけど、最後こうやって試合には出れてませんが、野球できたのは本当に素晴らしい両親のおかげなので…感謝の気持ちしかありません」









    横田選手の引退会見見たら泣けてきた年取ると涙もろくてさ…戻ってきてくれると思ってたけど本人が決断されたことだから



    京セラドームでの開幕デビュー戦を見に行ってから応援してる大好きな選手でした。残念ですが…これからの方が長い人生です。応援してます。【阪神・横田 一問一答】引退会見で涙「野球ができたのは本当に素晴らしい両親のおかげ」 - スポニチ Sponichi Annex 野球  https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/09/22/kiji/20190922s00001173257000c.html 



    広島 赤松選手 阪神 横田選手 両者とも病気から克服し復帰。 一軍目指したが叶わず引退。 同日に引退会見とは... お疲れ様でした!!! #赤松真人  #横田慎太郎 pic.twitter.com/vJV76mZ6RW






    横田選手の会見内容読んで病気した後大変だったんだなと。赤松選手も引退されるようだし、ホントにおつかれ様でした。


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