とらほー速報

プロ野球・主に阪神タイガースがメインです。 オープン2ちゃんねるやツイッターやニュースサイトよりまとめてます

    ランディ・メッセンジャー

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1


    1: 名無しさん@\(^o^)/ 19/12/09(月)22:14:06 ID:xNf
    2010年(29) 26登板 *80.1回 05勝06敗1H 防御率4.93 48三振
    2011年(30) 25登板 150.0回 12勝07敗 防御率2.88 126三振
    2012年(31) 30登板 196.2回 10勝11敗 防御率2.52 166三振
    2013年(32) 30登板 196.1回 12勝08敗 防御率2.89 174三振
    2014年(33) 31登板 208.1回 13勝10敗 防御率3.20 226三振
    2015年(34) 29登板 193.2回 09勝12敗 防御率2.97 194三振
    2016年(35) 28登板 185.1回 12勝11敗 防御率3.01 177三振
    2017年(36) 22登板 143.0回 11勝05敗 防御率2.39 155三振
    2018年(37) 28登板 173.2回 11勝07敗 防御率3.63 149三振
    2019年(38) 14登板 *79.0回 03勝07敗 防御率4.67 55三振

    通算 263登板 1606.1回 98勝84敗1H 防御率3.13 1475三振

    2: 名無しさん@\(^o^)/ 19/12/09(月)22:14:49 ID:zF2
    あと2勝…

    3: 名無しさん@\(^o^)/ 19/12/09(月)22:15:06 ID:zF2
    ほんと有能な外国人だった

    引用元: http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1575897246/

    続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1


    ◆ 短期連載:去りゆく勇者たち

     秋は野球界にとって別れの季節でもある。自ら現役引退を告げる者、球団から戦力外通告を受ける者。新陳代謝が激しく、弱肉強食が常である勝負の世界では避けて通れない非情の時だ。

     彼らはチームに何を残し、あるいは、どんな悔いを残してユニホームを脱いでいくのか? 勇者たちの散り際を追ってみる。


    ◆ 第1回:阪神・メッセンジャー

     10月1日、長きにわたり阪神のエースとして君臨したR.メッセンジャーが離日した。

     「タイガースファン、本当に有難う。チームメート、CS(クライマックスシリーズ)頑張れ!」まさに最後のメッセージとなった。

     これに先立つこと2日前の9月29日、メッセンジャーは本拠地・甲子園で最後の先発マウンドに立った。中日・大島洋平との勝負。6球すべてストレートを投じ、最後は空振り三振に料理した。たった一人との出番でも試合後には望外の時間が用意される。ナインの手によって胴上げばかりか、グラウンド一周に、ファンから絶叫の声と別れのテープが乱れ飛ぶ。

     ここまで、虎党に愛され、球団から手厚く送り出された助っ人はいない。チームもまた、このメッセンジャーや、今季限りでの退団が決まっている鳥谷敬らとの別れを惜しむようにシーズン最終戦までの6試合で奇跡の6連勝。ポストシーズンへの夢をつないだ。


    ◆ 大和魂を持った助っ人

     メッセンジャーが来日したのは10年前の2010年のこと。マーリンズ、ジャイアンツ、マリナーズなど、メジャーの球団を渡り歩くもマイナーとの間を行ったり来たり。そんなときにマリナーズで巡り合ったのが城島健司だった。強打の捕手として海を渡ったものの日本へのUターンを模索している時期に阪神入団が決まり、メッセンジャーにも日本行きを勧めた。運命が大きく変わる出会いだった。

     当初は中継ぎ要因だったが、ローテーションに穴が開き、先発転向のチャンスをつかむと、そこからは白星を積み上げてエースの階段を登っていく。2014年には最多勝、さらに最多奪三振のタイトルも2度獲得(2013年と14年)した。猛虎に欠かせぬ右腕となって今季が10年目。ついに外国人選手枠を外れて日本人選手と同等の扱いを受ける権利を手に入れた。通算成績は98勝84敗。記憶にも記録にも残る「日本人選手」となっていた。

     外国人選手が日本で活躍するにはいくつかのハードルがある。米国スタイルに固執しないこと、日本人や日本文化を理解すること、グラウンドに立てば日本スタイルの野球を分析、研究することなどだ。

     メッセンジャーの場合は、来日直後から寿司に挑戦し、自宅では常に対戦球団のビデオを回すなど研究を怠らなかったという。加えてランニングを欠かさない練習の虫、今では中6日が常識となっている先発の登板間隔も、中4日で志願もする。前監督の金本知憲はこの外国人を、「大和魂を持った語り継がれる選手」と最大級の言葉で評している。

     決して優等生だったわけではない。チームメートに辛らつな言葉を浴びせ、ベンチのサインを無視して打席に入り問題を起こしたこともある。それでも野球に取り組む真摯な姿勢があったから、認められ愛された。


    ◆ 理想の引き際

     メッセンジャーが引退を表明したのは先月13日。そのわずか2日後に米国から悲報が届いた。

     1960年代に村山実らとともに阪神の助っ人エースとして活躍したG・バッキーさんの死去。享年82歳だった。このバッキーこそ阪神で100勝を記録して、メッセンジャーに更新の夢を託した伝説のOB。しかも最近までネット通話で交流を続けて投球術までアドバイスしていたという。エースのDNAは、こうして繋がっていたのだ。

     功労者として、球団では引退後のポストを用意したが、メッセンジャーはそれを固辞して米国で家族水入らずの生活を選んだ。それでもある球団関係者は「研究熱心でストイック。いい指導者になれる。ゆくゆくはコーチとして戻ってきてほしい」とラブコールを続ける。惜しまれて去る。理想の引き際を、38歳の「日本人」は手に入れた。


    文=荒川和夫(あらかわ・かずお)

    BASEBALL KING




    ここのシーンでマジで泣いたしアメリカで生まれ甲子園で日本人になったっていう実況神すぎるしホントにありがとう!!!! #阪神 #メッセンジャー https://t.co/NWD6o00HFP



    今年も各球場で様々な名選手の 引退セレモニーが行われましたが 日本人・メッセンジャーの引退。 感慨深いものがありました😭 これで今年終わり・・のはずが 何と5連勝、終わっておらん! 諦めないって大事やなぁ😳 こうなったら最終戦も勝って CS進出やで! #メッセンジャー引退試合 https://t.co/4BNFXWimhz



    阪神ファンになって28年経つけど10年間も阪神タイガースで投げ続けて愛された外国人選手(今は日本人だけどね)はメッセだけやで❗️こちらこそ阪神タイガースに入団してくれてありがとう❗️メッセンジャー‼️👍🐯😭😆😁⚾️ pic.twitter.com/mkctxSlPJJ


    続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2


    今季限りで現役を引退した阪神ランディ・メッセンジャー投手が米国へ帰国の途に就いた。引退試合となった9月29日の中日戦(甲子園)で登板。

    今後の登板予定がないため離日となった。チームは劇的な6連勝でCS進出が決定。メッセンジャーは球団を通じて日本語で「タイガースファン、本当にありがとうね。チームメート、CS、頑張れ!」とエールを送った。




    メッセンジャー選手が今後の試合出場の予定が無いため、本日帰国しました。ファン、チームメイトへメッセージ! #ランディメッセンジャー 選手 #ありがとう https://t.co/0E0rAeBGdH



    @TigersDreamlink 今まで本当にありがとうございました



    @TigersDreamlink メッセ本当にありがとう! アメリカでゆっくりしてください! 日本シリーズで絶対甲子園帰るから応援しにきてください!😭🐯



    @TigersDreamlink メッセ本当に阪神で10年間プレーしてくれてありがとな‼️🎉✨



    @TigersDreamlink 昨日の最終戦まで来てくださりありがとう! また会える事を祈ります‼️



    @TigersDreamlink ほんとおつかれ様でした!



    @TigersDreamlink また日本に帰ってきてください!


    続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1


     「阪神6-3中日」(29日、甲子園球場)

     阪神のランディ・メッセンジャー投手(38)が、甲子園で行われた中日戦で引退試合に臨んだ。先発マウンドに立ち、大島に対してオール直球勝負を挑んで日本通算1475個目の三振を奪った右腕。試合後のセレモニーではファンの大歓声をバックに愛したタテジマのユニホームに別れを告げた背番号54。ありがとう、メッセ!!その雄姿は絶対に、忘れない。

      ◇  ◇

     メッセンジャーへ。

     投手として日本で素晴らしい野球人生を終えられて、本当におめでとう!

     ランディと一緒にプレーすることはなかったけど、もちろんあなたの投球は見ていたし、とても心に残っています。そして、阪神で残したキャリアを私も誇りに思います。

     自身の力を証明し、阪神を代表する選手でもありました。私も同じ背番号54だったことを光栄に思います。

     (スカウトとして)あなたのように人格と能力を兼ね備えた、背番号「54」の伝統を引き継ぐにふさわしい投手を見つけたいと思っています。

     あなたの未来に幸あらんことをお祈りします。これからは心安らかに、これまでの野球人生を振り返る時間を楽しんでください。

     改めまして、おめでとうございます!ジェフ





    54番を引き継ぐ外国人投手はプレッシャーもあるだろうけど、誇りに思ってほしい(外国人投手が引き継ぐとは限らないけど…) 阪神駐米スカウト・ジェフ・ウィリアムス氏 引退メッセへ「54を光栄に思う」(デイリースポーツ)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190930-00000034-dal-base 



    阪神駐米スカウト・ジェフ・ウィリアムス氏 引退メッセへ「54を光栄に思う」(デイリースポーツ) (スカウトとして)あなたのように人格と能力を兼ね備えた、背番号「54」の伝統を引き継ぐにふさわしい投手を見つけたいと思っています。 ありがとう🙏ジェフ😢💞  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190930-00000034-dal-base 



    阪神駐米スカウト・ジェフ・ウィリアムス氏 引退メッセへ「54を光栄に思う」(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース ジェフ→ランディ こう考えるとすげぇなこの系譜  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190930-00000034-dal-base 


    続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    2


     10~12年に阪神・メッセンジャーの初代通訳を務めた永田俊紘氏(36=現ヤクルトアナリスト)がエースに登り詰めるまでの秘話を明かした。

     ランディと初めて会ったのは、10年1月に伊丹空港に初来日した時でした。その場で部屋を借りて記者会見をして帰りに寿司を食べに行きました。ランディは食べたことのないネタもすごく食べて。一緒に来日したフォッサムは食べられなかった生きた白魚も平気で食べてましたから。食事に関しては、何でも挑戦してましたよね。

     1年目は中継ぎで開幕からなかなか結果が出ませんでした。印象的だったのは4月中旬の東京ドームの巨人戦。坂本選手に満塁本塁打を浴びてフォッサムの白星を消してしまってね。次の日が横浜への移動日でランディがヘコんでるから食事に誘って行ったのが「吉村家」なんです。そこから10年間通い詰めた、一番大好きなラーメン屋になりましたね。おそらく、打ちひしがれた心にあの吉村家の濃いスープがしみたんじゃないかなと…。

     一度2軍降格になって、もう先発しか生きる道がなかったと思います。当時2軍にいた久保コーチに教えられたことをやって、1軍に上がってきた時に笑顔で合流してきたんです。ふてくされて来ると思っていたのでこれはいけると感じました。

     通訳として、最も印象に残ってるエピソードが先発に転向して2年目だった11年。前半戦から成績が良かったのに、7月の球宴明けのローテーションでは最後の順番で…今だから言えますが、完全にキレてました(笑い)。そんな時、7月30日の横浜戦の試合前のブルペンで受けていた捕手の藤井さんが、ランディの気持ちを察知していて。

     胸をポンと叩いて“お前、悔しいんやろ?それをマウンドで全部見せてやれ”と激励されて。あれは訳しがいがある言葉でしたよね。その試合で7回無失点で三浦(大輔)さんに投げ勝って。それまでも6回70球で交代させられたり、まだ信頼がなかったんです。悔しさをかみしめながらヒーローインタビューを受けていたのも通訳として知っていたので。

     ここまで日本で活躍できた要因は間違いなく研究心です。僕がランディの家に招かれて食事をしたことがあったんですが、自分の投げない試合でもずっと相手の打者を見てるんですよ。それもテレビに食らいつくように。だから、2軍から昇格したばかりの選手の顔と名前を全部覚えてるんです。試合前のミーティングでも僕が知らないような選手でも“この前打っていたな”とか頭に入ってましたね。野球に対する記憶力が尋常じゃない。

     ランディから「メジャー」という言葉は聞いたことないですし、本当に日本が好きだったんだと思います。引退会見で泣くとは思わなかったですけどね。それだけ甲子園のマウンドは彼にとって重要だったんだなと。

     引退を発表してすぐにランディからメールが届いたんです。ベネッサ(夫人)と寿司屋に行ってたみたいで、ウニの写真が送られてきたんですよ。僕もしんみりするのは嫌なんで“めっちゃ食べたいわ”と軽い感じで返したんですけど、次に来た返信に“本当に今までありがとう。トシがいなかったらうまくアジャストできなかった。いろんなところに行って楽しかったぜ”と書いていて。今までそんなこと言ってこなかったので驚きました。

     最後は中継ぎに戻って1イニング全力でやって欲しいという気持ちもありましたが、潔かったですね。今は本当にお疲れさまと言いたいですね。また、いつかランディとじっくり野球の話をしたいです。(談)

     ◆永田 俊紘(ながた・としひろ)1983年(昭58)3月25日生まれ、東京都生まれ、鳥取県倉吉市出身の36歳。09年から阪神で通訳、国際スカウト、戦略分析担当を経て今季からヤクルトでアナリストを務める。




    阪神メッセ、初代通訳が明かす成功秘話 驚異の探究心「本当に日本が好きだった」― スポニチ Sponichi Annex 野球  https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/09/30/kiji/20190930s00001173100000c.html  永田通訳懐かしい!!!



    メッセ、今までありがとう! 今年は2回メッセの先発試合を見ることができ、ホントに嬉しかった。 阪神、そして日本を好きになってくれてありがとう。 #阪神タイガース #メッセ54 #ランディメッセンジャー pic.twitter.com/niq2CCpHeZ



    異国の地でこれだけやることがどれだけ大変か メッセは日本大好きやったし他球団やけど好きな選手やったわ お疲れさまでした


    続きを読む

    このページのトップヘ