とらほー速報

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    台湾野球

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    1: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/07/07(火) 23:46:15.36 ID:xNE+sJhY0

    3: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/07/07(火) 23:46:57.52 ID:yvzuWCbC0
    ファン感謝祭かよ

    4: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/07/07(火) 23:47:28.56 ID:KyOJNdDw0
    たのしそうでなにより

    引用元: http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1594133175/

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    1: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/07/05(日) 23:46:38.13 ID:LyT/wVV20
    1

    2: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/07/05(日) 23:47:15.91 ID:fBTyNIhI0
    捕ったからセーフ

    4: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/07/05(日) 23:47:33.66 ID:PWeCEiHI0
    つよい

    引用元: http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1593960398/

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    1: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/04/20(月) 08:51:56.95 ID:5o7xn5Gr9
    元ブルワーズで始球式も務めたドン・オーガスト氏【写真:Getty Images】
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     新型コロナウイルスの感染拡大で自粛ムードの中“世界最速”で開幕となった台湾プロ野球(CPBL)。世界中の野球ファンが注目する中、過去に助っ人として同リーグに所属していた投手が“恐怖体験”を語っている。

     過去には野球賭博など様々な困難を乗り越えてきた台湾プロ野球界。元ブルワーズでメジャー通算34勝を挙げたドン・オーガスト氏も台湾でプレーした一人だ。自身のツイッターでは1996年に八百長を持ちかけられたことを赤裸々に明かしている。

     当時、興農ブルズに所属していたオーガスト氏は遠征先の試合後にチーム関係者と小さなバーに訪れると個室に20人ほどの人が集まっていたという。すると、台湾人女性がやってきて名前や台湾に来た理由を尋ねられ野球選手であることを伝えた。

     オーガスト氏は「彼女はその時“不正試合”というものを私がわかっているか確認した。彼女が“八百長”のことに言及していて、エレファンツの選手を脅迫した反社会的勢力と恐らくつながりあるのだと、私は即座にピンときた」と、八百長を持ちかけらていることを察したという。

    100万円の受け取りを拒否すると怒鳴り声をあげた反社会的勢力の人間が…

     突然の出来事に混乱したがオーガスト氏は「知らないふりをしてとぼけた」が、女性は八百長の詳細を何度も持ち掛けてきた。その時すでに、オーガースト氏は周りにいる人間が反社会的勢力だということに気が付いたという。

     その反社会的勢力の人間から女性を通じオーガスト氏は八百長に加わる報酬として100万円を受け取るように伝えられたが「私は自分の名前を、そしてメジャーリーガーとして残した功績の全てを台無しにしたくなかった。息子に(八百長をする)試合で登板したということで絶対に恥ずかしい思いをさせたくないという思いがあった」と、自身の信念を貫き断ったという。

     その後、バーに集まっていた人間の顔色が変わり、店で流れていた音楽もストップ。怒鳴り声をあげる反社会的勢力の人間がオーガスト氏をエレベーターに連れ込み、すぐさまその場から帰したという。

     この時の状況をオーガスト氏は「命の危険を感じた。それで私の心臓はバクバクしていた。そして、私と共にバーに行った男に会った。彼は私に謝り続け、彼らに私を(バーまで)連れて来いと言われていたことを明かした。正直、私は生きていることが嬉しかった。文字通り惨事を免れたと感じた」と振り返っている。

     台湾では1996年、2009年にも野球賭博が発覚し解散に追い込まれた球団もあった。オーガースト氏は自身のプライドを守るため八百長を拒んだ。一歩間違えれば最悪の事態になっていたかもしれない“恐怖体験”だった。

    4/18(土) 16:59配信

    2: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/04/20(月) 08:52:19.49 ID:5o7xn5Gr9

    引用元: http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1587340316/

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    1: 名無しさん@\(^o^)/ 2019/11/27(水) 23:05:18.44 ID:+x833+fQ9
    台湾南部にある屏東市。駅から2時間に1本のバスに乗り、30分ほど行ったところに台湾プロ野球・中信兄弟の二軍施設がある。周囲には小さな集落以外なにもなく、スタンド付きの球場と寮を兼ねた施設は、若い選手が野球漬けの日々を送るにはちょうどいい。とはいえ、ファーム行きを告げられたベテラン選手はたまったものではない。

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     そう語るのは、中信兄弟の二軍監督を務める林威助(リン・ウェイツゥ)だ。ここでの生活もまったく苦にならないと語る。

     林が中信兄弟の二軍監督に就任したのは、昨年のことだ。17歳で福岡・柳川高校に野球留学し、近畿大を経て、2002年のドラフトで阪神から7巡目指名を受けて入団。2003年から11シーズンにわたってプレーしたもののケガに泣かされ、一度も規定打席に到達することはなかったが、それでもパンチ力のある打撃は阪神ファンの心をつかんだ。

     また林は台湾のナショナルチームでもプレーし、2004年のアテネ五輪やWBCで日本代表と戦っている。

     その台湾ナショナルチームだが、近年、国際舞台で目立った結果を残せていない。2013年のWBC第2ラウンドでは日本相手に死闘を繰り広げたが、2017年のWBCでは第1ラウンド最下位に終わるなど、プロ参加のトップレベルの大会で苦戦が続いている。

     林が故郷・台湾を離れていた期間は18年。その間、台湾野球は大きく変わった。帰国後、台湾野球を学ぶ気持ちもあり4年間、現役を続けたが、指導者となった今、恩返しのつもりで若い選手の育成に取り組んでいる。

     かつて台湾の野球選手の目標は、日本のプロ野球だった。1980年に高英傑、李来発が南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団したのにはじまり、郭源治(元中日)、郭泰源(元西武)、大豊泰昭(元中日など)らが日本プロ野球界を席巻した。

     日本への選手の流れは今も続いているものの、1990年代後半からは台湾プロ野球を経由することなく、アメリカへ渡る選手が急増している。しかし、アメリカはポテンシャル重視で、細かな指導を行なわれないことが多い。そんななか、20代半ばで振り落とされ台湾に戻ってきても、吸収力のなくなった体は細かな指導を受けつけないことがほとんどだ。

    つづく

    11/27(水) 6:20配信 スポルティバ
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191127-00878870-sportiva-base&p=1

    写真
    no title

    2: 名無しさん@\(^o^)/ 2019/11/27(水) 23:05:27.65 ID:+x833+fQ9
    台湾人指導者は、まず台湾プロ野球で実績を残してからアメリカに渡ったほうがいいと言うのだが、1990年以降、プロリーグの分裂危機や度重なる八百長事件などでマイナスイメージが定着し、選手の親世代がメジャーを頂点とするアメリカ志向になってしまったと、林は嘆く。

    「私が台湾に帰ってきた頃、プロ野球の人気はかなり落ちていました。でも、最近はちょっと変わってきています。ファームの環境もよくなり、給料もだいぶ上がってきています。まずは台湾で腕を磨こうと考える選手が多くなってきています」

     台湾人選手がメジャーでプレーしたのは、2002年に陳金峰がドジャースで外野手としてデビューしたのが最初である。その後、2005年にヤンキースの王建民が初めてメジャーのマウンドに立ち、翌年、アジア人として初の最多勝投手となった。

     以来、これまでメジャーでプレーした台湾人選手は16人。このうち、アマチュア球界から台湾のプロ野球を経てアメリカに渡ったのはふたりだけしかいない。

     メジャーのスカウティング網の拡大に伴い、近年、北米以外でもメジャーリーガーを多く輩出する地域の選手の契約金は高騰している。たとえば、ドミニカ共和国では、日本円で億単位の契約金も珍しくなくなってきている。しかし台湾の場合、その実績のなさからか、契約金は高額ではなくなっていると林は言う。

    「昔のほうが高かったんじゃないかな。最近聞いたのは、5万ドル(約550万円)でした。ドミニカなどは、これまで多くのメジャーリーガーを輩出し、今でも多くの選手が活躍している。いま台湾人のメジャーリーガーって誰がいます? いないでしょう。そうなると、契約金も下がってきます。10年ぐらい前はみんな期待していたけど全然ダメで、そういう選手がいま台湾に帰ってきてプレーしています」

     台湾プロ野球リーグ(CPBL)は、2019年になってようやくメジャーリーグ(MLB)、日本プロ野球(NPB)、韓国プロ野球(KBO)といった主要リーグと選手の移籍に関してポスティング制度の協定を結んだというが、アマチュア選手に関しての規定はない。

    引用元: http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1574863518/

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