とらほー速報

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    遠山昭治

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    ◆高校野球代替大会 ▽大阪4回戦 大阪桐蔭11―1浪速=5回コールド=(5日・大阪シティ信用金庫スタジアム)

     元阪神投手の遠山昭治監督(53)が指揮する浪速が大阪桐蔭に5回コールド負けした。

     指揮官は「9回やりたかった。負けた感じがしない。大阪桐蔭さんはそつがない。トップクラス」と脱帽。「トップのチームと当たって、何かを感じてくれたら。先の人生は長いので生かしてほしい」と、糧にすることを願っていた。




    うわぁ~ 久々に見たけどおっちゃんなったなぁ でもなんかええ感じで頑張ってんなぁ #元阪神投手 #遠山昭治 #浪速高校 【大阪】元阪神・遠山昭治監督の浪速が大阪桐蔭に5回コールド負け「負けた感じがしない」(スポーツ報知)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200805-08050187-sph-base 



    いつの間に監督を、遠山。 元阪神・遠山監督率いる浪速、大阪桐蔭にコールド負け「これからの人生に生かして」(デイリースポーツ) #Yahooニュース  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200805-00000117-dal-base 


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    大阪府高野連は3日、今夏の大阪府独自の代替大会(18日開幕)の組み合わせ抽選を大阪市内で行った。

     浪速の遠山昭治監督(52)は元阪神で左キラーの中継ぎとして活躍。昨年11月の就任後、今大会が公式戦デビューとなる。23日の初戦で桃山学院と対戦。1期生となる3年生22人と全員野球で初陣初勝利を目指す。

        ◇   ◇   ◇

     遠山監督は「3年生最後の大会ができることがうれしい。ありがたい。僕が一番楽しみにしている。1試合でも多く、この子たちと野球がしたい」と代替大会の開催を感謝した。

     昨年11月に監督就任。冬場に徹底的に鍛え、春、夏の公式戦で台風の目になる手応えもつかんでいた。だが、新型コロナウイルス感染拡大のため中止。2月末から6月中旬まで、3カ月半まったく活動できなかった。「僕らだけではない。悔やんでも仕方がない。再開の日にみんなの表情がよかったのでホッとしました」。6月15日から再始動。堺市にある浪速のグラウンドは選手たちの活気で満ちあふれている。

     下向大輝捕手(3年)は「自宅待機中に野村克也さんの本を読んだら、配球などの教えが似ていた。遠山監督が来てから、相手打者が何を待つか分かるようになってきた」と驚いた。阪神での現役時代に遠山監督に染みついた「ノムラの教え」が知らずに浸透していた。配球や相手のミスや隙を突く野球など、プロの戦い方を教え、体力面などでまだ差がある強豪へ立ち向かう。遠山監督は「いろいろやらないと勝てないから」と、エース左腕の村上真基投手(3年)を軸に、右のアンダースロー、右の長身パワー投手などタイプが違う5人の投手を育ててきた。小刻みな継投策にも注目だ。

     結野颯太主将(3年)は「監督からは野球を楽しんでやることを教わった。監督の初陣なので、勝ちを届けたい」とチームの思いを代弁する。独自大会は3年生22人で戦う。今回は試合ごとにメンバー20人の入れ替えが可能。遠山監督も「22人全員で大会をやり遂げたい。勝ってメンバーを入れ替えたい。(采配は)直感や感覚を生かしていければ」とやる気をみなぎらせる。1期生たちの最初で最後の戦いが始まる。【石橋隆雄】

     ◆遠山昭治(とおやま・しょうじ)1967年(昭42)7月21日、熊本県生まれ。八代一(現秀岳館)から85年ドラフト1位で阪神に入団。1年目に8勝を挙げる。90年オフにロッテに移籍。95年から野手転向。戦力外となった97年オフに入団テストを経て阪神入り。サイドスローに転向して中継ぎとして活躍し99年にカムバック賞。02年限りで引退。通算393試合、480回1/3、16勝22敗5セーブ、防御率4・38。05年から11年まで阪神のファームでコーチ。14年に学生野球資格回復。現在は浪速で入試広報部の職員として勤務している。左投げ左打ち。

     ◆浪速 1923年(大12)に旧制浪速中学校として創設された私立校。05年から男女共学。生徒数は2026人(うち女子687人)。野球部は26年創部で甲子園には春2度(91年、01年)出場。主なOBに大引啓次(元ヤクルト)近藤大亮(オリックス)。空手部、ボクシング部などが全国レベル。主な卒業生は赤井英和(俳優)笑福亭鶴瓶(落語家)林家ペー(タレント)。所在地は大阪市住吉区山之内2の13の57。飯田智文校長。




    毎日放送の解説かと思ったら、今監督か、、、知らなかった。 元阪神の浪速・遠山監督「ノムラの教え」球児に注入(日刊スポーツ)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200703-27030952-nksports-base 


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     夏の甲子園大会の中止を受け、阪神OBで現在は浪速高校野球部監督・遠山昭治氏(52)が悲痛な胸中を明かした。

     阪神では左のワンポイントとして活躍。“松井(秀喜氏=元巨人)キラー”として虎党の大喝采を浴びた遠山氏は、昨年秋に大阪・浪速の監督に就任した。阪神時代に甲子園球場でのプレー経験が豊富なだけに「教え子たちにはよく『甲子園の美しくならされた黒土に、フカフカの緑の芝。あの上で全力で走ってみろ。最高に気持ちいいぞ』と伝えてきた。それなのに、仕方ないとはいえこんなことになるなんて…」と声を詰まらせる。

    「高校野球のない8月が終わっても、教え子である3年生たちの学校生活は3月の卒業まで続く。大学生になるなり、社会人になるなり、それまでは彼らをサポートしてやらなければと思っている」と語る遠山氏が今、最も望むのは各都道府県の高野連の主催による地方大会の実現だ。

    「せめてもの区切りとして生徒たちには試合をさせてあげたい。その上で次のステップに導いてあげられれば」

     センバツでのプレーがかなわなかった出場校の選手たちも含め、高校球児への“救済措置”を求める声も多い。これについても遠山氏は「ひと言に救済措置といっても本当に難しいと思う。ただ、やるのならば大人たちによる“政治的なパフォーマンス”のようなものにだけはなってほしくない。選手と選手たちを支え続けてくれた保護者の方々の意向に沿ったものであってほしい」と、3年生とその保護者たちの胸中を思いやった。 

    東京スポーツ




    至極まともだ… 【夏の甲子園中止】阪神OBで浪速高校野球部監督・遠山昭治氏「せめてもの区切りとして試合をさせてあげたい」  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200522-01864149-tospoweb-base 



    【夏の甲子園中止】阪神OBで浪速高校野球部監督・遠山昭治氏「せめてもの区切りとして試合をさせてあげたい」(東スポWeb)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200522-01864149-tospoweb-base  浪速高って浪商(現 大体大浪商)とは全く別物なんだよな


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     今季から、米大リーグではワンポイント禁止のルールを適用する。メジャーの規則改正をNPBは1年遅れで採用しており、21年シーズンから新ルール発足の可能性は十分だ。“松井キラー”として名をはせた元阪神の遠山昭治氏(現浪速高監督、52)、巨人・阿部封じに執念を見せた元中日の小林正人氏(現中日広報、39)がスポーツ報知の取材に応じ、現役時代を振り返るとともに、そろってルール改正に異と唱えた。(取材・構成=長尾隆広、中村晃大)

     うれしそうに懐かしんだ。現役時代、“松井キラー”として名をはせた遠山氏は「(当時は)嫌でしたよ。重圧をかけられてるようなものじゃないですか。けど、今こうやってあるのも松井秀喜のお陰ですし、やっぱりいい瞬間でしたよね」とほほ笑んだ。

     左サイドからのシュートで内角を攻め、松井とは通算39打数10安打。特に99年は13打数無安打に封じた。鮮明に覚えているのは同年6月13日の巨人戦(甲子園)。7回2死三塁で石井浩郎を敬遠し、背番号55との勝負を選択した。結果は空振り三振。「あえて敬遠して松井秀喜というのは松井秀喜も経験したことないと思うし、周りからの歓声というのは印象深いです」と振り返った。

     インコースは有効な武器であると同時に、常に長打のリスクがつきまとう。だが、ロッテを戦力外となり、98年に阪神に復帰した遠山氏に失うものはなかった。「僕はテスト上がりで、向こうは億を稼いでいた打者。当ててもいいやと割り切るような感じですよね。当てたらどうしようでは必ず打たれる。ボールは正直ですから」。強気な姿勢で押し切った。

     ワンポイント救援が禁止になれば、打者の左右に合わせて一塁とマウンドを行き来する“遠山葛西スペシャル”のような名場面、名勝負も少なくなる。「いろんな個性が出てきて、それに魅了される人がいる。みんな同じではおもしろくないと思うんです。タイプが幅広いのが日本。全部米国に沿ってやるのはどうかなと。まして世界でも日本の野球は通用してるんですから」。希代の左殺しは、個の独自性を訴えた。(中村 晃大)



     ◆元阪神・遠山昭治氏の一問一答

     ―ワンポイント継投が米大リーグで廃止に。NPBでも来季以降の導入検討されているが、そのことについてはどう考えているか

     「日本には日本の野球のやり方があると思います。メジャーにはメジャーのやり方があるし、何でもかんでもアメリカに合わせないでいいのかなと思いますよね。まして世界でも日本の野球は通用してるんですから。全部が全部アメリカに沿ってやるっていうのもどうかなと。体格的にも力的に違いますしね。もう少し落ち着いてというか、見て決めてもいいのかなと思いますよね。メジャーがやったから次の年やらないといけないというのは、それはちょっと違うんじゃないかと思いますね。それぞれには性格があると思うんですよ、タイプが。そういうタイプが幅広いのが日本だと思うし、何だかんだ言っても力勝負っていうのがメジャーだと思うんで。そこはもう根本的に違うじゃないですか。いろいろな考え方があると思いますけど、僕はそうかなと思います。別に急に色をなくさなくてもいいと思うし。12球団の監督がメジャーのマネをしてやるのいいと思うんです。監督の色ですから。それでチームが変わったりすればそれはそれでOKなんです。新しい芽がどんどん出てくる、そして変化する。それが今の野球です。社会でもそうですけど、そういう感じでいいんじゃないですかね。アメリカがこうだからじ日本もしようかというのは…うーんって思います」

     ―遠山VS松井のようなスペシャルな対戦が見られなくなってしまう思うとファンも寂しい

     「でも毎年毎年、形になるっていう対戦はあると思うんですよね。そこはもう僕は消えないと思うんですよ。こういう形は途絶えないと思いますけどね。ただ僕らもワンポイントでやってましたけど、そりゃあ3人投げたいと思ってやってましたからね(笑い)。(春季)キャンプから1人で…それはないですよ。だからといって練習時間1人分でいいのかといったら違いますしね。しっかり先発で150(球)投げてもいけるような形のキャンプを経て、そこに気持ちを持っていくような形をオープン戦からやって。そういうのも個々で違うんでね。だから12球団の中でいろんな個性が出てきて、それに魅了される人がいる。みんな同じではおもしろくないと思うんです」

     ―対松井は特別な感情があったのか

     「やっぱりいい瞬間というか、いい2年間でしたよね、松井秀喜との対戦というのは。時間がたてば、やっぱり良かったなと。みなさんが言ってくれるから僕もそういう形があるし、周りの人たちも覚えてくれているんで。そういう意味では本当いい年でいい選手に巡り合って、いろいろな対戦ができて、そういうものがあって今があるっていうことを感謝して今もやってますけどね」

     ―当時は周囲に“松井キラー”と呼ばれて嫌な気持ちもあった

     「やっぱ嫌ですよ。だってプレッシャーかけられてるようなもんじゃないですか(笑い)。その時はそうですけど、1年2年と過ぎた時には良かったなと思いますね。だから普通に松井秀喜がメジャーに行った時にいちファンとして応援してましたしね。やっぱすごいなという感じでね。ええ選手おったなって思いますからね」

     ―引退後に松井さんと話したことは

     「いやいや、それはないですよ。やっぱり向こうも嫌でしょうし」

     ―こう投げれば打ち取れる確率が高かったというようなことはあったのか

     「それはありますけどね、人間だから少々のミスはありますよ。ただ向こうも考えて、だからおもしろいんだと思いますけどね。探り合いじゃないけど。でもそこで機械じゃないですから必ずしもズレが出てくるじゃないですか。それを捉えられるか、捉えられないかの違いなんでね。そこが勝負の意図というかおもしろいところじゃないですかね。だから絶対というのはないんですよ。やっぱり不安も期待もどうやろなっていうのもあるし、でも(捕手の)矢野からのサインが決まって投げる時は『よし、もう打たれない』というかそういうふうな気持ちでないと、やっぱり抑えられるボールもヒットになりますんで。だからそこは思って投げてました」

     ―松井との対戦で印象に残っている対戦は

     「やっぱり最初のドームでの初対戦と、甲子園でのバッター石井を敬遠で歩かせての松井ですよね。そこが一番ポイントですよね。ポイントというか自分の印象に残ってますよね。松井秀喜の前であえて敬遠して松井秀喜というのは松井秀喜も経験したことないと思うし、だからそういう部分での周りからの声とか歓声というのはやっぱり印象深いですよね」

     ―当時は松井以外にも高橋由、広島・前田、金本ら左の好打者が多くいたが、その中で意識していた相手は

     「僕は立浪(中日)が嫌だったですね」

     ―松井と立浪ではタイプが違う

     「全く違いますし、読みにくいという打者ですね。形にとらわれないというか、立浪という打者は中距離なんでね。ある程度追い込まれたら広角に打つ打者なんで。僕は初球を大事にするんですけど、初球の入りからそうですけど全く読みづらかった打者ですね」

     ―松井とは違うやりにくさがあった

     「僕らは打ち取ってナンボなんでね。だからそういう意味では読みづらかったですね」

     ―7回や8回を任されることの多かった99~01年頃は主に何回から準備して、ブルペンでは何球くらい投げていたのか

     「ある程度若い選手であれば、最初から(ブルペンに)いってます。あとはもう状況ですね。基本的には3イニングくらいまでは先発、あまりにも調子が悪かったりする時には開始と同時にキャッチボールという形にはしてましたけどね。僕の場合は(出番が)7、8回であれば、5回まではロッカーの方でマッサージとか準備運動とかをしつつ、テレビを見て常に状況は見ながら動いてました」

     ―肩ができるのには個人差がある

     「自分は20球程度キャッチボールでつくってから、(捕手が)座って10球、15球くらいで様子を見るという形でしたね」

     ―連投が続くと調整は変わるのか

     「僕は連投の方がいいんです。もう2日くらい空いたらちょっと…っていう感じでしたね。だからよくいう『肩が軽くなる』とか、4日、5日と空いたらそうかもしれませんけどね」

     ―救援投手は打たれた翌日に登板する日もあるが、気持ちの切り替え方はどうしていたのか

     「それは自然とつくんでしょうけど、僕の場合は切り替えというか、今で言ったら語弊があるかもしれませんけど、ご飯に行って飲んでというのも一つのリフレッシュというかね。まあ、抑えても打たれても行くんですけど(笑い)。今の球界ではあったりなかったりだと思うんですけど、僕らはもう昔の人。打たれたら行こか、抑えても行こかと(笑い)。人によって極端に変わると思います」

     ―1年目に先発として8勝。先発への未練はなかったのか

     「ないですね。自分のプライドというか、やりたいという気持ちは多少持たないといけないかもしれないですけど、僕の場合は先発、中継ぎ、抑えと役割があると思うんでね。だから(中継ぎの役割を)任されというかそういうところでの考え方がありましたね」

     ―阪神復帰2年目の99年に野村監督が就任。それまでは左打者の内角を攻めるという考えはあまりなかった

     「やっぱりアウトサイド、原点というか、それが基本ですから。インコースは(長打の)リスクがあるじゃないですか。ただ、リスクを和らげるというか、考え方によっては武器になるよっていう教えはミーティングから『野村の考え』じゃないですけど。そういうところからの流れじゃないですかね。僕も野球観が変わりました。絶対ってものがないんでね、野球には。野球に対しての(考えの)改めというか、投球に対しての改めというのができました」

     ―今年亡くなった野村監督への思い

     「もうありがとうございましたって感じですよね。プロに入って30過ぎてから、また野球を一から教えてくださった監督ですから。野村さんと縁があって野球をやらせてもらって、野球の『や』の字から教えてもらいました。ものすごくプラスになったというか、勉強になった監督さんなんで感謝しています」

     ―その野村監督が生み出した“遠山葛西スペシャル”。打者の左右に合わせて一塁からマウンドに戻る難しさは

     「しんどかったですよ(笑い)。一塁にいてもゲームには参加してるんですけど、自分の中でどこかしら抜きたいというかね、スイッチのオンとオフをしたいというのがありましたから。それは葛西も同様に言ってました。やっぱりしんどいと思いますよ」

     ―一塁の守備も普通の野手とは気持ちが違う

     「当然そうですよ。僕もロッテで野手をやった時にファーストを守っていましたし、葛西もうまいんですよね。少々守らせても、はじかないとか送球も捕るやろうというので多分やったと思うんですけどね」

     ―一塁を守ってる時も次の打者との対戦を考えていたのか

     「いや、そこは考えないですね。投手交代というかコールがあるところの何分間でね。まあ、ある程度のデータは(頭の中に)入ってるんで」

     ―ワンポイントでの登板は最初からこの打者だけと言われていくのか

     「そういう言葉はかけられないです。選手というのは言われるまで行くんでね。まず目の前の打者。状況によってポンポンと打ち取ったらそのままいったりする。『この打者だけだよ』っていうのはないですね」

     ―打者1人で仕事が終わるのは集中しやすいのか、それともより重圧がかかるのか

     「走者が出た状況でいったら自分の走者という感じで投げるんでね。そういうところでの使命感というかプレッシャーはありましたよ。でも、打たれたらもう前の投手の走者だし、わしには関係ないわという感じのそういう切り替えも大事ですよ(笑い)」

     ―走者をかえせば前に投げていた投手の防御率が上がる。逆に自分が走者を残して降板することもある

     「そこはもうチームですよ。そんなの一つ一つ言ってたらチームとして戦えないですよ。会社でもそうですし、誰かがミスしたら誰かがカバーするのがチーム。それはもうどの分野でもあるんじゃないですかね」

     ◆遠山 昭治(とおやま・しょうじ)1967年7月21日、熊本県生まれ。52歳。八代一高(熊本・現秀岳館高)から85年ドラフト1位で阪神入団。1年目に8勝を挙げたが、90年にトレードでロッテ移籍。95年に野手に転向するも、97年オフに戦力外。98年にテスト入団で復帰した阪神で投手に再転向した。02年に現役引退。通算393試合に登板し、16勝22敗5セーブ、防御率4・38。19年11月から浪速高(大阪)監督。178センチ、91キロ。左投左打。

    報知新聞社




    ノムさん追悼イベントの一環で、松井✕遠山の対談が実現せんかな。 元阪神の遠山昭治氏、ワンポイント廃止の採用に反対「みんな同じではおもしろくない」 現役時代は“松井キラー”の左殺し(スポーツ報知)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200420-04190221-sph-base 



    ワンポイントがなくなると プロフェッショナルな投手がいなくなってしまって面白くなくなる。 元阪神の遠山昭治氏、ワンポイント廃止の採用に反対「みんな同じではおもしろくない」 現役時代は“松井キラー”の左殺し(スポーツ報知) #Yahooニュース  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200420-04190221-sph-base 


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