阪神を戦力外となった荒木郁也内野手(33)が20日、現役引退を決断した。8日のトライアウトを最後のプレー機会として両親、妻が観戦。「もう自分がプレーすることはありません。やり切ったという思いが強いです」と11年間のプロ生活に区切りをつけた。
トライアウト当日、メットライフドームで迎えた最後の打席。マウンドで向き合ったのは、ただの相手ではなかった。「ちょっと感極まってしまいましたね…」。ドラフト同期入団で可愛がってもらっていたタイガース時代の先輩・榎田との対戦だった。「ご飯とかしょっちゅう行ってましたしね」。10年ドラフトは育成含め8人のうち6人が高卒組で大卒、社会人出身は榎田と荒木だけだった。左腕は西武へトレード移籍したが、行動をともにすることも多かった2人が、キャリアの終盤で再び巡り会った。
2球目のストレートを振り抜いた打球は左中間を切り裂く。到達した二塁上でマウンドを見ると、榎田が“ナイスバッティング”とグラブを掲げた。「エノキさんが手を上げたんです。それを見て“これはやばい”と思ってスルーしたんですけど…。やめてくださいよって」。クールな男の胸は震えていた。
スタンドでは父・達也さん、母・正枝さん、妻が見守っていた。この3人のために響かせた快音でもあった。「(トライアウトを受けた理由は)両親に見せたい気持ちがほとんどです。見たかっただろうし」。翌日、東京の実家で食事をしている時、母が「これが最後の打席か…」とスタンドで目を潤ませながらつぶやいた父のことを教えてくれた。コロナ禍で2年間、球場での観戦がかなわなかった家族に集大成を目にしてもらうために、走攻守で力を出し切った。
2安打1盗塁。「その時は“まだできるじゃん”と思ってやってましたけど」と現役続行への未練もわき上がったが、すぐに消えた。翌朝、目を覚ました時に引退を決めた。「戦力外通告を受けた時も、トライアウトを受けた後も“やり切った”という気持ちは変わらなかったんです。どういう気持ちになるのかなと思って、確かめる意味でもトライアウトを受けたんですけど。1日たっても変わらなかったですね」
レギュラー期間は一度もなくても、代走など強みを磨いて11年間、プロで戦ってきた。「入った時は全ポジション、レギュラーが埋まっていて。2年でクビになると思っていました。それでも、コツコツやってきたつもり。11年間プレーできたのは、その時々でいろんな人が見てくれていたおかげかなと思います」。今後は未定ながら、現在はセカンドキャリアをサポートする団体の助言を受けながら就職先を探している。「不安もありますけど、これから何をするるんだろうと、今は楽しみな気持ちもあるんですよね」。悔いなくユニホームを脱いだ33歳は、まっさらな気持ちで第二の人生へ踏み出す。(遠藤 礼)