1: 名無しさん@\(^o^)/ 2019/01/02(水) 10:50:25.61 ID:x0pLc3/4M
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<ニッカンスポーツ・コム/プロ野球番記者コラム>

前方から、知っている顔が歩いてきた。10月初旬のある休日。真冬の取材で着るためのダウンジャケットが欲しくて、家族とアウトレットモールに出かけていたときのことだった。

黒色の帽子をかぶった体の大きな外国人がこちらを見つめている。どこかで見たことのある顔だなと思ったが一瞬では気付かず、そのまま通り過ぎた。ハッとした。振り返ると、そこには前阪神ウィリン・ロサリオ内野手(29)がいた。手には紙袋が2つ。買い物を楽しんでいた。

偶然の出会いだったが「どうにかして話しかけないと」と使命感に駆られた。家族を置き去りにして、そっと走って追いかけた。すらすらと英語が話せたらと後悔しながら…。

「ハイ、ロサリオ!」

私の引きつった声にロサリオは笑顔を返してくれた。8月下旬にシーズン2度目の出場選手登録抹消となり、2軍にいた。秋風が吹き始めるころだ。ドミニカ共和国に帰国する前に土産を買っているのか? このまま空港に向かって離日でもすればニュースになると思った。

「アーユー、ゴーイングトゥーゴー、関西エアポート?」

心優しいロサリオは苦笑いで答えた。「NO、プラクティス、トゥモロー」。そうか、といったん落ち着いて「OK、シーユー、ネクストタイム」と返した。

浅はかな思惑を抱いた私とは対照的に、明るい表情でそのまま2ショット撮影に応じてくれた。何だか自分が恥ずかしかった。

今季入団したロサリオは75試合に出場して打率2割4分2厘、8本塁打、40打点。メジャー通算71発、韓国で2年連続「3割30発100打点」の看板からすればやや期待外れに終わった。ただ「いいヤツ」には違いなかった。投手が打たれたら、すぐさま一塁からマウンドに駆け寄った。メジャーで捕手経験があり、心遣いができた。ボディーランゲージで“会話”するときもあれば、無言のメッセージで投手を励ましたことも。

極度の打撃不振で1度目の2軍落ちとなったのは6月だった。厳しい目を持つファンのヤジにさらされ、金本前監督からはリラックスの意味も込めて、3日間の“打撃練習禁止令”が出された。だが、野球のことが頭から離れなかった。鳴尾浜でバットを握ることはなかったが、打撃用手袋をはめて歩いていた。打ちたい-。思いがあふれていた。

その日のロサリオは帰路につく際、1本のバットをタクシーに持ち込んだ。神戸市内の自宅に帰ると、データ収集係の兄モイセス・ファビアンさんと動画を徹底的にチェック。「停止」と「再生」のボタンを繰り返し押した。自分のスイングは体重が後ろに残って、本来のミートポイントがブレていた。自宅リビングの家具を押しのけ、思わず“おきて破り”の素振りも行った。翌日にはスイング動画をチームスタッフに見せていた。指揮官からの禁止令はどこ吹く風。そんな“お調子者ぶり”は愛嬌(あいきょう)だった。

子どものころ夢中になったものに「勉強」と答えるほど研究熱心な男。ロッカー室も整理整頓されていた。だからこそ? 兄のアドバイスも頭で整理して力に変え、半月で1軍に戻った。使用する用具にはこだわりがあり、複数のタイプを交代で使う。メーカーや色違いのバット、ファーストミットとキャッチャーミット、打撃用手袋やアンダーウエアの種類もさまざま。調子や気分に応じて使い分けた。ある選手はロッカーを見て「あんなに種類があるのに、整っている」と驚いていた。

19年シーズン、ロサリオは阪神にいない。1年前、ロサリオが浴びたような注目を新助っ人マルテが浴びるだろう。高額年俸の対価としてハイパフォーマンスを期待されるのはこの世界の常。ロサリオがもう1年いてくれたら…。そうならないことを願うばかりだ。【阪神担当 真柴健】

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190102-00432817-nksports-base

2: 名無しさん@\(^o^)/ 2019/01/02(水) 10:51:49.38 ID:x0pLc3/4M
ぐう聖やぞ
どこか取れや

引用元: http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1546393825/

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