とらほー速報

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    林威助

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     阪神電鉄は27日、台湾観光協会大阪事務所協力 甲子園歴史館特別イベント「阪神タイガースOB林威助氏オンライントークショー」を12月27日に開催することを発表した。

     台湾と甲子園球場をオンラインでつなぎ、現在台湾プロ野球チーム「中信兄弟」で2軍監督を務める同氏がリモートで出演する。

     トークショーは2部制で、座席間隔を十分に確保したうえで各部100人ずつの募集が行われる。

     参加料金はおとな3000円、こども1500円(いずれも税込み)。発売方法などの詳細は甲子園歴史館ホームページで。




    12/27(日)タイガースOB 林威助氏のオンライントークショーを開催⚾ 台湾と甲子園球場をオンラインで繋ぎ、台湾プロ野球チーム「中信兄弟」の2軍監督を務める林氏にリモート出演いただきます!参加者には直筆サイン入りポストカードをプレゼント🎁明日10時~チケット販売です! https://l-tike.com/sports/mevent/?p=1&version=PC&mid=554946  https://t.co/BDXc6LiqzR



    @koshien_museum @MonthlyTigers りんちゃん!台湾のプロ野球チーム監督(2軍)を務めているんですね!


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     新型コロナウイルスの影響で世界中のスポーツイベントが延期や中止を余儀なくされている中、台湾プロ野球(CPBL)は12日に無観客での公式戦開幕にこぎつけた。中信兄弟で2軍監督を務める阪神OBの林威助(リン・ウェイツゥ)氏(41)は台湾の現状を明かし、古巣の阪神にも熱いメッセージを送った。

     林威助氏は海の向こうから古巣を案じた。「日本は大丈夫ですか?」。それが第一声だった。高校、大学、そして阪神の選手として長い時間を過ごした第2の故郷をいまも気にかけていた。

     「(日本の情報は)知っています。ネットで見たりしている。毎日、感染者が増加していることも知っている。本当に怖い…」

     感染者が日ごとに増える日本とは対照的に台湾は感染拡大に一定の歯止めがかかり、プロ野球も待望の開幕を迎えた。2軍は先月17日に一足早く開幕し、中信兄弟は8勝3敗2分けの首位。若手選手を率いて采配や指導に努める日々だ。

     「台湾はプロ野球選手の感染者は出ていません。ですが、まったく油断はできません。僕は日本にいたので経験していませんが、台湾は03年にSARSを経験しています。今、僕自身も親と話すときでもマスクをしています。今でも選手たちには(感染拡大防止への)指導をしています」

     2軍監督就任3年目の今季も選手とともに寮で集団生活を送る。基本的に外出は自粛。練習ではかみたばこを禁止し、当然ながらグラウンドにつばを吐くことも厳禁だ。寮生には手洗いやマスクの着用、消毒・検温の徹底だけでなく、外出も申告制にした。近隣に買い物で出るだけでも帰寮後は再度の検温を義務付けているという。

     「休みの前日が一番危険なので、選手たちには人が多いところには行かないで…と言っています。せっかく今まで我慢したのだから。プロとして野球ができることをかみしめて、責任を持っていこう…と。外出も外食もしたい気持ちは分かる。でも、今は我慢してくれ…と」

     選手の気持ちを理解しつつ、2軍監督の立場としての責務を優先。グラウンド内外の徹底した指導の裏側には「野球ができる喜び」があった。

     「コロナは日本だけじゃなく世界中のこと。とにかく自分を守り、人にうつさないこと。感染者が増えると野球ができないんです。そのためにはお互いに今は耐えるしかない」

     就任から2年連続で2軍を「年間優勝」へ導き、昨季は開幕時に2軍だった3選手が1軍定着を経て台湾代表入りするなど育成手腕を発揮。「今年も1人でも多く1軍に送り込みたい」と意気込む。“猛虎の血”が流れているのだろう。阪神への愛着はいまも強く、「調整も難しいと思うけど、選手は頑張ってほしい。優勝してほしい」と開幕を願ってエールを送った。(山本 浩之)

     ◆林威助(リン・ウェイツゥ)1979年1月22日生まれ、台湾・台中市出身の41歳。96年野球留学で来日し、柳川、近大を経て02年のドラフト7巡目で阪神入団。06年から背番号31を付け、07年に右翼と一塁のレギュラーで115試合に出場。13年まで通算454試合、打率・264、31本塁打、125打点。阪神退団後は台湾に戻り中信兄弟でプレー、17年引退。18年から同球団2軍監督。左投げ、左打ち。




    台湾プロ野球は開幕しましたね😀 日本のプロ野球もいつの日か…🙇🙏 林威助氏 日本に、古巣阪神にエール「お互いに今は耐えるしかない」(スポニチアネックス)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200413-00000041-spnannex-base 



    林威助さんがスポニチの一面になったのって何年ぶりやろうか、、 オフの時は3.4年前来日したときあった気がするけど。 シーズン中は杉内からのサヨナラホームラン以来かな??


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    1: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/04/12(日) 10:41:04.89 ID:IqYzHuQZ0
    「台湾は(選手に)感染者が出ていないから開幕できます。
    このウイルスは世界中で広まっている。政府などの注意をしっかり聞いて自分から守れれば、このウイルスが終息する日も来る。
    その日に開幕できるはずです。自分からしっかりすることです。プロ野球だけのことではありません」
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200412-24110607-nksports-base

    2: 名無しさん@\(^o^)/ 2020/04/12(日) 10:41:48.52 ID:+EiDSxJu0
    なつかC

    引用元: http://tomcat.2ch.sc/test/read.cgi/livejupiter/1586655664/

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    1: 名無しさん@\(^o^)/ 2019/11/27(水) 23:05:18.44 ID:+x833+fQ9
    台湾南部にある屏東市。駅から2時間に1本のバスに乗り、30分ほど行ったところに台湾プロ野球・中信兄弟の二軍施設がある。周囲には小さな集落以外なにもなく、スタンド付きの球場と寮を兼ねた施設は、若い選手が野球漬けの日々を送るにはちょうどいい。とはいえ、ファーム行きを告げられたベテラン選手はたまったものではない。

    赤星憲広が阪神打線と守備の弱点を指摘「新たな右打者の台頭が必要」

    「僕はまだ独身ですから(笑)」

     そう語るのは、中信兄弟の二軍監督を務める林威助(リン・ウェイツゥ)だ。ここでの生活もまったく苦にならないと語る。

     林が中信兄弟の二軍監督に就任したのは、昨年のことだ。17歳で福岡・柳川高校に野球留学し、近畿大を経て、2002年のドラフトで阪神から7巡目指名を受けて入団。2003年から11シーズンにわたってプレーしたもののケガに泣かされ、一度も規定打席に到達することはなかったが、それでもパンチ力のある打撃は阪神ファンの心をつかんだ。

     また林は台湾のナショナルチームでもプレーし、2004年のアテネ五輪やWBCで日本代表と戦っている。

     その台湾ナショナルチームだが、近年、国際舞台で目立った結果を残せていない。2013年のWBC第2ラウンドでは日本相手に死闘を繰り広げたが、2017年のWBCでは第1ラウンド最下位に終わるなど、プロ参加のトップレベルの大会で苦戦が続いている。

     林が故郷・台湾を離れていた期間は18年。その間、台湾野球は大きく変わった。帰国後、台湾野球を学ぶ気持ちもあり4年間、現役を続けたが、指導者となった今、恩返しのつもりで若い選手の育成に取り組んでいる。

     かつて台湾の野球選手の目標は、日本のプロ野球だった。1980年に高英傑、李来発が南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団したのにはじまり、郭源治(元中日)、郭泰源(元西武)、大豊泰昭(元中日など)らが日本プロ野球界を席巻した。

     日本への選手の流れは今も続いているものの、1990年代後半からは台湾プロ野球を経由することなく、アメリカへ渡る選手が急増している。しかし、アメリカはポテンシャル重視で、細かな指導を行なわれないことが多い。そんななか、20代半ばで振り落とされ台湾に戻ってきても、吸収力のなくなった体は細かな指導を受けつけないことがほとんどだ。

    つづく

    11/27(水) 6:20配信 スポルティバ
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191127-00878870-sportiva-base&p=1

    写真
    no title

    2: 名無しさん@\(^o^)/ 2019/11/27(水) 23:05:27.65 ID:+x833+fQ9
    台湾人指導者は、まず台湾プロ野球で実績を残してからアメリカに渡ったほうがいいと言うのだが、1990年以降、プロリーグの分裂危機や度重なる八百長事件などでマイナスイメージが定着し、選手の親世代がメジャーを頂点とするアメリカ志向になってしまったと、林は嘆く。

    「私が台湾に帰ってきた頃、プロ野球の人気はかなり落ちていました。でも、最近はちょっと変わってきています。ファームの環境もよくなり、給料もだいぶ上がってきています。まずは台湾で腕を磨こうと考える選手が多くなってきています」

     台湾人選手がメジャーでプレーしたのは、2002年に陳金峰がドジャースで外野手としてデビューしたのが最初である。その後、2005年にヤンキースの王建民が初めてメジャーのマウンドに立ち、翌年、アジア人として初の最多勝投手となった。

     以来、これまでメジャーでプレーした台湾人選手は16人。このうち、アマチュア球界から台湾のプロ野球を経てアメリカに渡ったのはふたりだけしかいない。

     メジャーのスカウティング網の拡大に伴い、近年、北米以外でもメジャーリーガーを多く輩出する地域の選手の契約金は高騰している。たとえば、ドミニカ共和国では、日本円で億単位の契約金も珍しくなくなってきている。しかし台湾の場合、その実績のなさからか、契約金は高額ではなくなっていると林は言う。

    「昔のほうが高かったんじゃないかな。最近聞いたのは、5万ドル(約550万円)でした。ドミニカなどは、これまで多くのメジャーリーガーを輩出し、今でも多くの選手が活躍している。いま台湾人のメジャーリーガーって誰がいます? いないでしょう。そうなると、契約金も下がってきます。10年ぐらい前はみんな期待していたけど全然ダメで、そういう選手がいま台湾に帰ってきてプレーしています」

     台湾プロ野球リーグ(CPBL)は、2019年になってようやくメジャーリーグ(MLB)、日本プロ野球(NPB)、韓国プロ野球(KBO)といった主要リーグと選手の移籍に関してポスティング制度の協定を結んだというが、アマチュア選手に関しての規定はない。

    引用元: http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/mnewsplus/1574863518/

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    アジアウインターリーグCPBL選抜の監督は元阪神の林威助さん pic.twitter.com/H2gQIbwiu9



    @gnomotoke ふあっ!?



    @gnomotoke また見れて嬉しい


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