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<本紙カメラマン渾身の1枚>

日刊スポーツ・カメラマンがお送りする「渾身(こんしん)の1枚」。今回は加藤哉が担当する。変わらない日常が、突然変わってしまった-。そんな出来事が2001年(平13)9月11日に米国で起こった。阪神からメジャーリーグ・メッツへ移籍した新庄剛志の取材中、ピッツバーグで遭遇した同時多発テロ。野球が中断する異常事態の中、それでも懸命に立ち向かう、当時の市民の姿を振り返る。

   ◇   ◇   ◇

マイアミからピッツバーグへ移動し、試合のない1日を終えて眠りについた。当時は手探りだった日本人野手取材。ホテルも選手と同じところを予約していた。

朝、枕元のラジオで音楽を聴こうとスイッチを入れる。普段は音楽ばかり流れるはずだが、何か変なことに気がついた。エアプレーンアタック(飛行機で何かに突っ込んだ)だの、ニューヨークだの…。テレビの電源を入れ、事態が次第にのみこめてくる。ビル、それも高層ビルに飛行機がぶつかった-。

ベッドに腰掛けたまま30分も見ていただろうか。会社へ電話を入れると「ニューヨークでテロみたいや」と聞いた。「なんとか現場まで行けるか?」と、かなり焦った声が聞こえてくる。突然「外へ出ないで」と大きな音で館内放送が流れた。ちょうど隣に連邦政府のビルがあるらしい。さらに飛行機が1機、こちらの方面に向かっているとニュースが伝えている。後に映画にもなったユナイテッド航空93便のことである。

当日の試合は当然キャンセル。リーグも最低1週間は中断となった。メッツはニューヨークへ帰ることになり、報道陣も戻りたいのだが、その手だてがなかった。すべての移動手段が動かない。それでもなんとかバスをチャーター。10人ほどが乗り合い、8時間をかけてニューヨークへたどり着いた。

全世界がコロナ禍の猛威を受ける姿と、テロで何事も変わってしまったニューヨークの街の姿が、どことなく重なって見える。以来どこへ移動するにも厳重なチェックが当たり前となり、飛行機では中東系の乗客に厳しい視線が注がれた。

同時にメジャーリーグの選手が率先してトレーラーから荷物を下ろし、住民に寄り添いながら手伝う姿にもシャッターを押した。「今、できることをするだけだ」。当時選手が口にした言葉を思い出す。新型コロナウイルスと同時多発テロを同列には語れないが、困った時に取る行動は同じだと思う。それから1週間後、メッツはピッツバーグへ戻りテロ後最初の試合で勝利を挙げた。




新庄は911の時期ニューヨークだったんだ  https://twitter.com/fukudasun/status/1260421662371086336 



新庄の挑戦はどうなる!? かつて「現役復帰」を果たした選手たち(ベースボールキング)  https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200513-00228543-baseballk-base  中山はその…うん…


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